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ガラス好き@linz

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リンツにある「Lentos Kunstmuseum Linz(レントス美術館)」に行った.最近流行の全面ガラスの四角い箱はスイス建築家Weber & Hoferによるもので,2003年にオープン.理由はよくわからないけれども展示室が2階(といっても中2階があるので,実際は3階くらいの高さ)に持ち上げられていて,その下が巨大なピロティになっている.その軒下ももちろんガラス張り.展示室が最上階に持ち上げられているため,全面にトップライトを持った展示室が同一平面上に確保できているのだが,要するに建築家はこの外観をやりたかったのだろう.展示室の天井高さ自体は低くはないけれど,外形を四角く抑えた結果,全てが同じ高さとなってしまっているためかなり単調になってしまった.

「Nomaden im Kunstsalon」展というテキスタイルからソル・ルウィットまでを並べたよくわからない企画展と,シーレなどのコレクション展を開催中.ガラス天井とコンクリート床の展示室は悪くないかもしれないが,部屋の連続が単純なのか,部屋自体のプロポーションのせいか,あまり魅力的ではない.おまけに企画展エリアではトップライトの照明を交換しているとかで中に入れず,訪れたのは朝一番だったが,昼過ぎには入れるからもう1度来てくれと言われたが時間がなくて断念.そんな作業,開館時間内にやるなよ.結局コレクションは見られたけれども,企画展はテキスタイルを見ることができただけ.外壁のガラスも交換中でクレーンが横付けされていたり,大きな展示室は展示替えで使っていなかったり,全体的にやる気のない時に来てしまったらしい.グラーツ,ウィーンと展示替えに出会うことも多く,どうやらオーストリア中が同じタイミングで入れ替えているようだ.
地下にもプロジェクトルームがあって,Edgar ArceneauxとCharles Gainesというアメリカのアーティストによる「Snake River」展もやっていた.こちらはビデオインスタレーションを中心とした現代美術.黒いテラゾーの床だったと思うけど,この展示室も悪くはない.後で調べたところによると,このメインの展示室が2階に持ち上げられているのは,隣を平行して流れるドナウ川の氾濫を考慮しているとのこと.そうだとすると,この地下の展示室はどうするのだと意地悪なことを考えてしまうが,きっとコレクションの方が高価で大事ということだろう.
ちなみにこの美術館ではweb上でのコレクション公開を行っている.分類分けなどされていないので見にくいのだが,12,549点が収められているらしい.えらい.

美術 | Posted by satohshinya at July 29, 2006 7:22 | TrackBack (0)

日本のメディア芸術100選

文化庁メディア芸術祭10周年企画アンケート 日本のメディア芸術100選

こんなものをやっているようです.暇つぶしにぜひ.近日中に選んだ10作品もアップしてみます.

まずは,アニメーション部門10点を選出してみた.
 『宇宙戦艦ヤマトシリーズ』TV+劇場(1974-83)松本零士・西崎義展
 『ガンバの冒険』TV (1975)出崎統
 『機動戦士ガンダム』TV+劇場(1979-82)富野喜幸
 『未来少年コナン』TV(1978)宮崎駿
 『ルパン三世カリオストロの城』劇場(1979)宮崎駿
 『銀河鉄道999』劇場(1979)りんたろう
 『幻魔大戦』劇場(1983)りんたろう
 『うる星やつら2ビューティフル・ドリーマー』劇場(1984)押井守
 『王立宇宙軍オネアミスの翼』劇場(1987)山賀博之
 『新世紀エヴァンゲリオン』TV+劇場(1995-97)庵野秀明
個人的に影響を受けたもので選ぶとほとんどが80年代前半までのものばかり.同じ作家を選ばないようにと思ったけれども,宮崎駿,りんたろうのみ重複.「ヤマト」はあらゆるものがここから始まっているのではずせない.「ガンバ」は出崎作品から1つ選ぶとこれかな? 「ガンダム」もヤマト同様.「コナン」「カリオストロ」は全体の完成度,大塚康生との共同作業として選出.ジブリ作品よりはるかによい.「999」は1つの映画として傑出しているし,もちろん金田伊功の作画,椋尾篁の美術も傑出.「幻魔」はストーリーはメチャクチャだけど,なかむらたかしの作画,もちろん金田の作画,椋尾の作画など見所満載.それから大友克洋が道を誤るきっかけとなった記念すべき作品.「ビューティフル・ドリーマー」は押井作品のベスト.「オネアミス」は個人的に愛すべき作品.「エヴァンゲリオン」は90年代から1つ選ぶとなると文句なくこれ.手堅い選出になってしまった.

次にマンガ部門10点を選出
 『火の鳥』(1954〜88)手塚治虫
 『あしたのジョー』(1968〜73)ちばてつや・画/高森朝雄(梶原一騎)・原作
 『ドラえもん』(1969〜96)藤子不二雄(藤子・F・不二雄)
 『デビルマン 』(1972〜73)永井豪
 『コブラ』(1978〜84)寺沢武一
 『童夢』(1980〜83)大友克洋
 『Dr.スランプ』(1980〜84)鳥山明
 『気分はもう戦争』(1980〜82)大友克洋・画/矢作俊彦・原作
 『AKIRA』(1982〜93)大友克洋
 『風の谷のナウシカ』(1982〜94)宮崎駿
またもや全て連載開始は80年代.大友克洋は別格で3つ選出.手塚治虫を1つ選ぶとしたら「火の鳥」.個人的には鳳凰編がベスト.他にも『ブッダ』,『ブラックジャック』を選びたかったけれども割愛.「ジョー」は出崎統のアニメもよいけれど,原作も傑作.「ドラえもん」は一応選んでみた.「デビルマン」はアニメとは全く違う内容の大傑作.「コブラ」は独自な世界観がおもしろかった.「童夢」は大友のベスト.「Dr.スランプ」は連載開始時に絵のクオリティに衝撃を受けた.「気分は」は大友の中で最も好きな絵の作品.「AKIRA」は連載開始からの長い付き合いなので選出.「ナウシカ」もアニメよりは原作の方が断然よい.またもや手堅い10作だな.

recommendation | Posted by satohshinya at July 28, 2006 22:54 | Comments (3) | TrackBack (1)

すべては建築である@wien

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大学3年の時に磯崎新氏の『建築の解体』を読んで,自分でも建築ができるのではないかと思った.その中でも特に印象的だったのがハンス・ホラインの言葉「Alles ist Architektur(すべては建築である)」.ウィーンでは,そのホラインの3つの傑作と出会った.

「クンストハレ」「Summer of Love」展では多くの建築家による作品も展示されていた.ロンドンからはアーキグラム,ウィーンからはコープ・ヒンメルブラウなど.そこに『建築の解体』の中で最も影響を受けたホラインの作品が展示されていた.『Non-physical Environmental Control Kit』(1967)は一種の覚醒剤のようなものだと思うが,人間の空間知覚に対する体験を与えるという意味ではカプセルさえも建築と呼びうるという作品.それを読んだ当時は,これを建築と呼ぶことで建築を考えることが飛躍的に自由になったように感じられたし,一方で空間知覚に対する体験を与えることが建築であるという考えは非常に当を得ているように思えた.そんな作品の実物にこんなところで出会えるとは思わなかった.その他にもホラインによるコンセプチュアルな作品の数々が並んでいたが,今となっては60年代ムーブメントの一部として扱われてしまっている.しかし,それらは明らかに建築だった.

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そんなホラインの初期のインテリア作品は恐ろしいほどにフェティッシュなものである.ウィーンを歩いていて見つけた「レッティ蝋燭店」(1966)は,40年経過した現在から見ても宝石のような佇まいをそのまま見せていた.コンセプチュアルな作品を手掛けていた一方で,こんなにも魅力的な造形を的確な素材によって表現した建築を同時に作り出していたのだ.

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ウィーンでは誰もが目にする「ハースハウス」(1990)は,歴史的建造物であるシュテファン寺院が面する特別な場所に建つ商業施設である.確かにポストモダンのデザインは好き嫌いがあると思うが,実際にこの場所に立つと,この建物が非常に正確なボリュームの配置と素材の選択によって,堂々とこの場所にはまっていることがよくわかる.適度に分節され,適度に装飾的な20世紀のポストモダン建築は,13世紀のゴシック建築に見事に対峙している.
コンセプチュアル・アートのような作品,工芸品のような小さな作品,歴史的街区に建つ大きな作品,それらのすべてにおいてホラインは優れた建築を作り出している.こんな人に言われると,すべては建築であるという言葉を信じてもよいような気がする.

建築 | Posted by satohshinya at July 26, 2006 22:22 | Comments (2) | TrackBack (0)

哲学者の家@wien

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ウィーンにも建築のガイドブックがあって,ホテルなどで手に入れることができる.この「Architektur Vom Jugendstil bis zur Gegenwart」はご丁寧に日本語訳まで付いていて(表紙と見出しのみ),「建築:ユーゲントシュティルから現代まで」とある通り19世紀末以降の建築が地図・住所付きで紹介されている.実際に手に入れたのがウィーン滞在の最終日であったために訪れることができなかったが,アドルフ・ロースなんかは住宅が6軒も紹介されている.中に入ることもできるのだろうか? とにかく有名な建築はほとんど紹介されているので,これだけでも結構役に立つだろう.
その中に見たいと思っていて,これがウィーンにあることを知らなかった住宅があった.慌てて訪れてみたが,公開時間に間に合わず(月〜金9:00〜12:00,15:00〜16:30)一足違いで見ることができなかった.ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン他設計による「ストーンボロー邸(Haus Wittgenstein)」(1926-28)がそれである.この住宅については『ヴィトゲンシュタインの建築』という本に詳しい.

次に訪れるときのために住所をメモしておく.皆さんもぜひ.
3., Kundmanngasse 19 (U3, Bus 4A)

建築 | Posted by satohshinya at July 26, 2006 7:03 | Comments (4) | TrackBack (0)

コピペ@wien

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MQの隣には「Kunsthistorisches Museum Wien(ウィーン美術史博物館)」「Naturhistorisches Museum Wien(ウィーン自然史博物館)」がある.1891年にゴットフリード・ゼンパーとカール・フォン・ハーゼナウアー設計により建てられたこれらの博物館は,まったく同じ巨大な建物が向かい合っている.まるでコピー&ペースト.この関係性を現代風にアレンジするとMQの2つの美術館となるのかもしれない.しかし,ここにも意味不明なほどに巨大なエントランスホールがあるわけだから,現代の建築家も美術館には巨大なエントランスホールが付きものだと思っているのかもしれない.

「美術史博物館」は博物館と呼びうる古代彫刻などのコレクションとともに,2階のフロアに膨大な絵画のコレクションを持ち,今回は訪れなかったが「自然史博物館」はその名の通り自然科学に関するコレクションを持つ.「美術史博物館」の2階だけを見れば明らかに美術館と呼びうるものだろうが(実際に「美術史美術館」という訳語も用いられている),やはりここでもミュージアムの訳語による混在が見られる.
とにかく異常に広い館内では,案内のマップを片手に興味のある作品だけを見ないことには,時間がいくらあっても足りない.1階と3階は完全に無視して,ブリューゲルやフェルメールなどのいくつかの作家に的を絞って鑑賞することとする.
ここでは最初から長時間の滞在を考慮してか,立派なソファが展示室に置いてある.中には模写(キャンバス,絵の具,イーゼル使用)をしている人もいたりする.展示室はトップライトを持つ巨大な四角い部屋が連続している.壁面には少し色味が掛かっており,どのようなルールがあるのかわからないが,部屋によって色が異なっている.ここは転用などではなく,最初からハプスブルク家の絵画コレクションを収容するための建物であったのだが,これらのインテリアもオリジナルのままなのだろうか? 腰壁があり,入口や天井に装飾があるものの,それらを抽象化するとやっぱりホワイトキューブになるだろう.高い天井高は,巨大な作品には必要な高さであり,場合によっては2段に展示されていたり,『バベルの塔』のように堂々と展示されている場合もあった.しかもピクチャーレールから吊り下げられている.ここでは建築の紹介から各展示室のQuickTimeまで見ることができる.

美術 | Posted by satohshinya at July 26, 2006 6:09 | TrackBack (0)

ミュージアム・テーマパーク@wien

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「Museums Quartier Wien(ミュージアム・クォーター・ウィーン)」(通称MQ)なる場所がウィーンには存在する.広大な敷地にはフィッシャー・フォン・エルラッハ設計による帝国厩舎があり,それを保存しながら中庭部分に大きな2つの美術館とギャラリー,ホールが増築され,巨大ミュージアム・コンプレックスとして2001年にオープンした.最初はマスタープランを元に複数の建築家がそれぞれを設計したのだろうと思っていたら,1つの設計事務所が全てをやっていたことがわかった.槇文彦,ハンス・ホライン,ラファエロ・モネオなども参加した国際コンペの結果,オルトナー&オルトナーというオーストリア建築家が選ばれた.実際にはManfred Wehdornという建築家が協働して文化財保護指定部分の改修を担当したようだが,全体のデザインはオルトナー&オルトナーによるものだろう.

結論から言うと,このMQが最悪の建築であった.中心に建つ乗馬学校を転用したホールを挟み,ほとんど同じボリュームの2つの美術館が建っているのだが,それらが無意味と思われる程に異なった建物としてデザインされている.対称に向き合う酷似したボリュームをどのようにデザインするかという命題に対し,ほとんど関係性を持たせないというニヒリスティックな方法を採ったのかと思えなくもないけれど,単純にやりたい放題にバラバラなことをやっただけとしか思えない.もちろん,エルラッハの建築への配慮も対称にボリュームを配置したくらいのことだけで,ほとんど無視している.その結果,周囲を取り囲む歴史的な建物さえも偽物のように見えてきて,おまけにMQをまとめるサイン計画のグラフィック・デザインがよくないためか,全体としてはテーマパークにしか見えてこない.新しい建物に目をつぶれば,中庭部分はいくつも並べられた寝椅子のような家具のおかげもあって,大勢の人で賑わう居心地のよい場所だが,更に魅力的な場所となるポテンシャルがあったように思う.
個別に見てみる.まずは「Leopold Museum(レオポルド美術館)」.ここには大変にすばらしいエゴン・シーレのコレクションがある.通常の2層分は十分にある天井高の展示室に,しかも窓からの自然光が入ってきていて,Bunkamuraでこれらのコレクションを見たことがあるのだが,全く別の作品を見ているような最高のコンディションで鑑賞することができる.クリムトの作品もあるが,これも非常によい.2階は企画展示のスペースで,Alfons Waldeの個展をやっていた.最上階の3階にはシーレ,クリムト以外のコレクションが並んでいるのだが,いくつかの展示室の中央に吹き抜けが開いていて,トップライトからの光が2階にも落ちるようになっている.建築的な見せ場であろうと思われるエントランスホールは,それらの展示室中央に3層吹き抜けの場所としてあるのだが,ここには作品は並んでいない.これだけ大きい空間を獲得できるということは,大きなスケールの作品をも展示できる可能性があるはずなんだけど,そんなことは考えていないのだろう.周囲を閉ざされた無意味な大ホールや,展示室内の邪魔な多数の吹き抜けなど,インテリアもやりたい放題.地下でも企画展示「Körper, Gesicht und Seele」展をやっていたが,時間がなくて行けず.
そして「Museum Moderner Kunst Stiftung Ludwig Wien(近代美術館ルードヴィヒ・コレクション・ウィーン)」(通称MUMOK).1962年に創設し,この場所は3つ目らしい.こちらは白い「レオポルド」に対して,黒い外壁で.しかも頭頂部がRを描いている.何をやりたいんだかよくわからない.「レオポルド」と同じくらいのボリュームにも関わらず普通の階高なので8層くらいあるが,展示室自体は至って普通の美術館.地下では「Wiener Aktionismus」展というボディ・アートをひたすら集めたコレクション.最近は美術作品には寛容になってきた日本でも,さすがにこの展示はできないのではないかと思われるものたちが一同に会している.これはこれで興味深いのだが,さすがにこればっかりでは辟易する.3階ではコレクションを中心とした「Nouveau Réalisme」展という60年代アート.イブ・クラインからクリムトの梱包まで.その上では「Why Pictures Now」展という現代の写真,フィルム,ビデオを集めたものなのだが,その夜に開かれるオープニング・パーティーの準備中で入ることができず.最上階には近代美術のコレクションもあるようだが,これも見ることができず.
この2つの美術館,機能を考えれば仕方がないのだけれども必要以上に内向きな空間で,多少は外に向けた窓などはあるものの,周辺との関係が希薄なオブジェのような外観ばかりが目立つ.おまけに少し斜めに振って配置されていたりする.オルトナー&オルトナーのホームページを見ればその志向性は明らかで,おまけに選んでいる写真(しかも白黒!)を見るとかなり質(たち)が悪い.建つ場所によっては,その建ち方にもう少し意味があればそれほど悪くない美術館なのかもしれないが,ここにこのようにあると単なるテーマパーク.
中央には乗馬学校を利用した「Halle E」「Halle G」があって,その後ろにオルトナー&オルトナーの増築による「Kunsthalle Wien(クンストハレ・ウィーン)」がある.1992年に創設し,ここに移ってきたようだ.ここでは2つの展示をやっていたが,展示室自体は「MUMOK」と同じようなもので特筆することはない.大きな展示空間があって,そこに展示壁面を作るというタイプ(QuickTimeは展示壁面がない状態).下のHall 2では「Black, Brown, White」展という南アフリカの写真家による作品を集めたもの.上のHall 1では「Summer of Love」展というサイケデリック・ムーブメントの作品を集めたもので,かなりの数の作品があって見応え十分.カールスプラッツにも「クンストハレ」のガラス張りのではプロジェクトスペースがあるのだが,こちらは夕方から夜のみの開館で,時間が合わずに入れなかった.
「Halle G」ではJossi Wielerさん演出の『四谷怪談』公演を見た.日本公演,ベルリン公演に続くヨーロッパ公演.『クァクァ』『4.48 サイコシス』の皆さんと再会.ウィーンで日本語の演劇(独語字幕付き)を見るのも変な感じ.
その他,建築センターやらアーティスト・イン・レジデンスやらチルドレン・ミュージアムやら,胸焼けする程いろいろな施設がMQには詰め込まれている.今回はテーマパーク然とした建築のために十分に楽しめなかったが,活動だけを見てみると興味あるものが多くある.今度はもう少し冷静になって見てみたいものだ.

美術 | Posted by satohshinya at July 25, 2006 1:19 | Comments (1) | TrackBack (0)

篠原一男さんが亡くなった.
大学2年生くらいのとき,知人に連れられて篠原さんの自宅を訪れたことがある.アップダウンのある林の中の細い道を歩いていった記憶があるが,道から少し上がったところに日本家屋と隣接してそれはあった.篠原さんの自宅兼アトリエの増築として建てられた「ハウス イン ヨコハマ」(1984)が,その小高い茂みの中に先端だけを覗かせていた.今から思い出しても,その15年以上前の記憶は幻であったのではないかと思えるくらい,その姿はこの世のものとは思えないような佇まいを見せていた.それどころか見てはいけないようなものを見てしまったような気がした.もちろん中に入ることは叶わなかったし,既に取り壊されてしまったという話も聞く.
後年,偶然に「上原通りの住宅」(1976)に出会った.そのときにもまた目の前にありながら,今まで見てきた建築とは異なるものとして存在しているように思えた.その存在感に圧倒され,ただその前に立ち尽くすしかなかった.
ご冥福をお祈りする.

建築 | Posted by satohshinya at July 18, 2006 6:21 | Comments (1) | TrackBack (0)

世紀末の諍いの跡@wien

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ワグナーの「カールスプラッツ駅」を見た後に,大通りの反対側にギャラリーらしい建物を発見.近寄ってみると確かにギャラリーで,とにかく中に入ってみる.「Künstlerhaus(クンストラーハウス)」は,1868年にウィーン芸術家協会の展示スペースとして建てられたもので,1945年に展示ホールを増築,更に現在は地下に巨大な展示室を増築しているようだ.

ここではHanns Kunitzbergerによる「Die Orte der Bilder」展が行われていた.巨大な展示室(Haupthaus)に並べられた抽象画は,絵画そのものを作品としてじっくり鑑賞するというよりも(鑑賞してもよいのだが),それが複数並べられた空間をインスタレーションとして楽しむべき作品である.特に絵を支えるための足が取り付けられた作品に至っては,壁に掛けられた平面作品とは異なる見せ方を明らかに意図している.しかし,これでも十分大きな展示空間だと思うのだけれど,増築するとどうなってしまうのだろう? 入口脇のHouse Galleryと名付けられたプロジェクト・スペースでは,Leslie de Meloの「Coming Out of Nowhere Going Somewhere」展.
「クンストラーハウス」の隣には有名な「ウィーン楽友協会」が並んでいるだけあって,未だに増築が続けられる由緒ある建物なのだろう.そして19世紀末には,ここを拠点としていたウィーン芸術家協会に反目した芸術家たちがセセッション(造形美術協会)を結成する.確かに「クンストラーハウス」に対峙するように(というほど近くはないけれど)「Secession(セセッション館)」は建っている.
ここも1898年の建設以来,未だに現代美術の展示場として十分に機能しているようだ.オリジナルはヨーゼフ・マリア・オルブリッヒの設計だが,戦災に遭い1963年に再建され,その後もリノベーションなどが行われ,最近は地下に倉庫が増築されている.それどころか,セセッションは未だに存在しているようだ.

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中央の大展示室(Hauptraum)ではStefan Sandnerの個展が行われていた.トップライトによる光天井を持つ展示室は,「クンストラーハウス」と比べると様式的ではない分だけホワイトキューブに近い.しかし,この部屋はオリジナルのデザインなのかな? 展示自体はグラフィカルな平面作品で,展示室のおかげもあり堂々としていて悪くなかった.建物内は意外に広く,地下ではDave Hullfish Baileyによる「Elevator」展をやっていて,この展示室はGalerieと呼ばれるだけあって狭い部屋ばかりだが,小さな連続するボールト天井や,そこに取り付けられた簡素な蛍光灯と相まって小気味よい場所になっている.これもオリジナルのデザインなのか不明.2階のGrafisches Kabinettという小部屋では,Kristina Lekoによる「Beweis Nr.4: Jede/r Mensch ist Ein/e Künstler/in」展.壁紙を展示室に貼って(元々は白),まるで住宅の部屋に展示してあるように見える.
地下には常設展示室として,グスタフ・クリムトの『Der Beethovenfries(ベートーベン・フリーズ)』(1902)のための部屋もある.1989年にセゾン美術館のオープニングでやった「ウィーン世紀末」展で複製を見たことがあるが,ここのものが本物.しかし実際の場所にオリジナルと同じように展示されているはずなのだが,なんとなく違和感を感じて当時の写真をよく見てみると,もっとゴテゴテしていたオリジナルの展示空間を整理した結果,単なる同寸法のホワイトキューブに壁画を飾っていることがわかった.作品を際立たせるためには理解できる方法だが,美術館やどこか違う場所に移設した壁画作品ではあるまいし,もう少し気を利かせてほしかった.
何れにしても19世紀末から現在まで,変わらずに同時代の美術をサポートしている施設があることは,ヨーロッパのスタンダードであるようだ.もちろん,今では100年前の諍いなんて忘れてしまっているようではあるけれど.

美術 | Posted by satohshinya at July 17, 2006 17:30 | TrackBack (0)

街の美術館@wien

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「Wien Museum(ウィーン・ミュージアム)」は,その名の下に多岐に亘る建物を擁していて,もはや美術館や博物館と一義的に呼ぶことはできそうにない.日本では法律上(博物館法)は博物館の中に美術館が含まれることになるが,それらは明確に異なって意識されている.しかし,美術館も博物館もミュージアムと呼ぶ西欧では,アート・ミュージアムと呼び分けることもあるが,それほど明確な区別をしていないように思える.

その中の1つ,「Wien Museum Karlsplatz(ウィーン・ミュージアム・カールスプラッツ)」に行った.1959年に開館したこの建物は,特に特徴のないいわゆる美術館建築に見える.2000年に中庭だったところにガラス屋根を架けて内部化したらしい.お決まりの張弦梁を使っている.更に今年の4月に改修工事を終えたところで,ロビー周りが新しくなったそうだ.
ここにはクリムトやシーレの作品がいくつか展示してあって,しかも額縁にガラスが入っていないし,監視員もいないし,監視カメラまでなかったかどうかはわからなかったが,とにかくあまりにも無造作に展示してあったので,思わず触ろうとしてしまう.というくらいに名作が何気なく展示してあり,とても好感が持てる.日本みたいに,作品保護のためにガラスが入っているのは仕方ないとして,下手くそなライティングのおかげでガラスに映り込んだ自分の姿ばかりが目立ち,肝心の絵が見えないということもたまにある.おまけに厳重に柵があったり監視員がいたりして,絵を見るどころではない.そんな状況と比べると,美術がとても身近なものに感じられる.
その一方で,アドルフ・ロースのリビング(ロース設計のリビングではなく,ロースが暮らしていたリビング)が移築されていたり,その他にもウィーンに関する美術品やら工芸品が展示されていて,やはり美術館と言うよりは,ウィーンに関する博物館という趣が強い.確かに館内の案内を見ると,1階には紀元前5600年から1500年までのものが展示されていると書いてある.開催されていた企画展「Wien War Anders」もAugust Staudaという写真家による1900年頃のウィーンの街並みを撮影したもので,郷土資料館の展示のようなもの.一方の「Kinetismus」展は,1920年代の動きをモチーフとした作品を集めたもので,地味な内容ながらも美術館らしい展示.

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すぐ近くにあるワグナーの「カールスプラッツ駅」(1899)も「ウィーン・ミュージアム」の一部(同じ建物が向き合って建っていることを訪れるまで知らなかった!).他のワグナー作品では「インペリアル・パヴィリオン」(1898)も同様.ハンス・ホラインがデザインした「Archäologisches Grabungsfeld Michaelerplatz」というローマ時代の遺跡を保存した広場も「ロース・ハウス」の前にある.その他にはモーツァルトの住居など,音楽家に関連した建物を多く所有している.
結局この「カールスプラッツ」は,やはり街の博物館だったのだろう.調べてみると,以前は「Historisches Museum der Wien(ウィーン市歴史博物館)」と呼ばれていたそうだ.

美術 | Posted by satohshinya at July 17, 2006 14:05 | TrackBack (0)

さすがウィーン@wien

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実際に訪れるまではその存在を全く知らなかったのだが,ウィーンでおもしろい美術館を見つけた.正式名称は「Österreichisches Museum für angewandte Kunst(オーストリア応用美術博物館)」,通称MAKという名で呼ばれている.日本名を見たときにはあまり興味が湧かなかったのだが,たまたま美術館の前を通ったところ,イヴ・クラインの展示をやっているのがわかった.アートもやっているんだと思って中に入ると,それどころかそこはコンテンポラリー・アートの巣窟であった.

1871年に開館した建物に入ると,大きなホールに面していくつもの展示室が繋がっている.そこには確かにゴシック,バロック,ユーゲントシュティールなどに分類された応用美術(工芸)が展示されているのだが,それぞれの展示室のデザインを,なぜかドナルド・ジャッドやジェニー・ホルツァーといったアーティストたちが担当している.1986年にPeter Noeverが館長に就任してから現代美術のコレクションがはじまり,これらの展示計画が進められたらしい.中でもジャッドの展示室は「バロック ロココ 新古典主義」のテーブルや棚を展示するものだったが,そのミニマルな展示方法は1つのインスタレーション作品として成立するすばらしいものであった.その他にも,普通の博物館とは異なる不思議な展示室が並んでいる.クリムトの作品が段ボールの展示壁に掛けられてあったり,やりたい放題にやっている.
展示ホール(1909年に増築)ではジェニー・ホルツァーの最新作展「XX」展をやっていた.光天井(トップライト?)を持つ大きな展示室は真っ暗(ダークキューブ)で,床・壁・天井にプロジェクションされた巨大な文字が部屋中をクルクルと回転し,並べられたクッションに横たわって鑑賞する.建物の壁面にプロジェクションするものは以前にも写真で見たことがあったが,その室内版.単なる文字がプロジェクションされるだけで,しかもドイツ語だったので意味もよくわからなかったが,それでも迫力のあるものだった.それ以外にも大きな展示室が並んでいたのだが,そこも真っ暗で以前の作品をプロジェクタで映写していただけ.さすが大物,大胆かつ大雑把な展示だった.ついでということはないけれど,ウィーン市内を走るトラムに書かれた「I WANT」もおそらくホルツァーの作品だろう.
ちなみにクラインの展示は「Air Architecture」展という建築的プロジェクトの紹介.地下の小さなギャラリースペースが使われていた.

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MAKでは美術館外にも作品を設置している.美術館の敷地内にはSITEの作品など建築っぽいものがいくつかある.更に敷地外にはパブリック・アートとして,ジャッドやフィリップ・ジョンソンの作品がある.ジャッドの『Stage Set』(1996)は公園の中に設置されていて,黒いフレームに原色を使った布が張られている.布は発色がよく,光を透過するため,半透明のレイヤーのようにきれいに重なり合う.残念ながら大きな布の面を作り出すために途中で繋ぎ合わせる必要があり,その繋ぎ目が目立つと同時に汚れの線ができてしまっている.さすがジャッドだけあっておもしろい材料を使っているが,一方でパブリック・アートとして考えると耐候性に問題があり,ややみすぼらしいものに思えてしまう.元々は展示ホール内の個展で展示されたものを移設したようなので,外部での常設展示をどのくらい考慮して制作されたのかわからないが,その辺がもっと考えられていればよかった.
今回は行くことができなかったが,その他にも9階建ての元砲塔を倉庫と展示スペースに使っていたり,郊外の大邸宅を分館に用いて,庭にジェームズ・タレルの作品を設置していたり,果てはロサンゼルスにルドルフ・シンドラーの住宅(ウィーン出身ということらしい)を所有していたり,とにかく幅広い活動を行っている.

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MAKではこれらの活動を収めたガイドブックを出していて,独語,英語だけでなく,伊語,日本語版まである.その中にはウィーン案内があって,ワグナーやロースの作品の住所が掲載されている.それを見てわかったのだが,MAKのすぐ近くにコープ・ヒンメルブラウ設計の「ルーフトップ・リモデリング」(1983/87-88)を見つけることができた(郵便貯金局からもすぐ近く).今となってはデコンストラクティビズムの歴史的名作にちょっと感動した.

美術 | Posted by satohshinya at July 17, 2006 10:41 | TrackBack (0)

野沢さんと鶴橋さん

野沢尚さんが亡くなってから,DVDに焼いたまま見る気がせずに放ってあった『砦なき者』(2004年)を見た.何もドイツで見なくともと思ったが,ワールドカップが終わったヨーロッパの長い夜にはちょうどよかった.
続きを考えていて結局書かなかった野沢作品の紹介は,本当であれば演出家の鶴橋康夫さんとの単発ドラマたちに続くはずであった.この『砦なき者』も演出は鶴橋さん.正直言って,以前の鶴橋作品と比べると乱暴さが足りない演出が物足りなくもあったが,その一方で脚本はよくできていた.しかし,このドラマを野沢さんの自死の後に見ていると,どうしても作家と作品を直結させるような見方をせざるを得なくなってしまう.そんな気分をもっと正確に(正直に?)書いているコラムを見つけた.放送から自殺まで3ヶ月くらい.その間に見ておけばよかったと少し後悔している.
今や野沢さんは脚本家よりも小説家として有名かも知れないが,小説はほとんど読んだことがない.日本に帰ったら,少し読んでみよう.

鶴橋康夫さんとの協働作品は以下の通り.ほとんどが鶴橋さんがよみうりテレビ在籍中に「木曜ゴールデンドラマ」などの長時間ドラマ枠で放映されたもので,もちろんDVD化はほとんどされていない.いつかまたこの世に登場することがあるのかな?

殺して,あなた…(1985) 大原麗子,小林薫,阿藤海
夢のあとさき(1985) 浅丘ルリ子,風間杜夫,川谷拓三
風の家(1985) いしだあゆみ,小林薫,原田美枝子
夫婦関係(1986) 浅丘ルリ子,原田大二郎,岡田英次
手枕さげて(1987) 大竹しのぶ,風間杜夫,高樹澪
喝采(1988) 桃井かおり,小林桂樹,すまけい
最後の恋(1988) 浅丘ルリ子,津川雅彦,長門裕之
密写された女(1989) いしだあゆみ,風間杜夫,泉谷しげる
愛(めぐむ)の世界(1990) 大竹しのぶ,役所広司,小林稔侍
乾いた夏(1990) 浅丘ルリ子,樋口可南子,風間杜夫
朝日のあたる家(1991) 役所広司,名取裕子
小指の思い出(1991) 浅丘ルリ子,柴田恭兵,山城新伍
東京ららばい(1991) 大竹しのぶ,風間杜夫,斉木しげる
性的黙示録(1992) 真田広之,樋口可南子,津川雅彦
雀色時(すずめいろどき)(1992) 浅丘ルリ子,役所広司,赤井英和
リミット もしも,わが子が…(2000) 安田成美,佐藤浩市,田中美佐子(連続ドラマ)
砦なき者(2004) 役所広司,妻夫木聡,鈴木京香

TV | Posted by satohshinya at July 13, 2006 6:55 | Comments (4) | TrackBack (1)

the carnival is over

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カールスルーエの城(宮殿)の前で行われたパブリック・ビューイングで,ドイツ×ポルトガルの3位決定戦を見た.バーデン・ヴュルデンベルク州を巡回しているこのイベントの最後の2試合は,ここを会場として行われた.

ドイツの人たちは3位決定戦であるためか,アルゼンチン戦の時のような悲壮感の漂う雰囲気ではなく,リラックスして試合を楽しんでいた.カーンがカールスルーエ出身であることもあって,大きく映し出される度にそれだけで盛り上がっていた.結果はご存知の通りドイツの圧勝だったが,試合後もさすがに今までのような盛り上がりは見せず,鳴り響くクラクションも控え目だった.日本で例えるならば夏の終わりに行われる夏祭りのようで,ドイツの試合が終わってしまったこと,そしてワールドカップ自体が終わってしまうことを惜しむような,そんな寂しげな雰囲気ですらあった.
その後の決勝戦はジダンの1人舞台.そして,中田にはこんな記事もあり.日本,ドイツと偶然にも開催国での生活が続いたので,4年後は南アフリカに住もうかな?

@karlsruhe, イベント | Posted by satohshinya at July 12, 2006 6:17 | TrackBack (0)

好々爺の漫談

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HfGにてダン・グラハムのパフォーマンス『Performer/Audience/Mirror』が行われた.グラハムと言えば,こういったパブリック・アートっぽいものの作者という印象があったので,本当に同一人物なのかと疑いながら見に行ってみた.

場所はHfGのGroßen Studio.HfGのアトリウムの中に作られたBOX状のスペース.舞台上には大きな鏡が吊るされていて,そこに64歳になる少しお腹の出たアーティストが登場する.つまり客席から見ると,鏡には客席に座る自分たちの顔が映るため,本当の観客と虚像の観客の間にパフォーマーが立つことになる.パフォーマンスがはじまるとグラハムは,実際の観客を,または鏡に映った観客を,そして鏡に映った自分自身を言葉で描写しはじめる.簡単に書くとそれだけ.それにより,実像や虚像,言葉による描写などの関係を表現しようとするコンセプチュアルな作品と頭では理解してみる.しかし,実際にはお爺さんが舞台に出て来て,適当に客席の観客をいじっている漫談のようにも見える.おそらく日本語で(しかも関西弁で)やったら絶対にそのように見えるはず.
勉強不足のぼくは知らなかったが,これは伝説のパフォーマンスであり(というほど大げさかどうか知らないが,少なくとも入場制限のために見ることができない人が大勢いたらしい),最初に発表されたのは1975年であるそうだ.確かにその時代に,しかも32歳のアーティストが登場して言葉による描写だけを繰り返すパフォーマンスは,さぞかしコンセプチュアルであったことだろう.しかし,これはアーティストの責任ではないが,それから時日が経ってしまい,今となっては好々爺となったアーティストが登場するパフォーマンスは,当時とは全く異なる印象を与えるのではないだろうか.
いろいろ調べてみると,そのパフォーマンスの構成を記したメモや,75年当時のビデオが販売されていたりしていて,更にここではそのパフォーマンスの全てが音声だけだけれども聞くことができる(ZKMMediathekでもビデオが見られるらしい).声は少し若いが,話し方や内容(と言っても観客によって毎回異なるわけだが)は先日のものと変わらないようだから,どうやら同じ事をやり続けているらしい.
写真は本題とは関係がなく,先日までKubusの下のSubraumに展示してあったSiegrun Appeltの『48KW』.

@karlsruhe, 美術 | Posted by satohshinya at July 7, 2006 17:50 | TrackBack (0)

20世紀の先頭@wien

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オットー・ワグナーの建築をいくつか見たが,中でも「郵便貯金局」(1904-12)のインテリアはすばらしいものだった.天気がとてもよかったことも手伝って,半透明の光天井はとても美しく,構造体の影が消え入るが,上空の青い空は薄らと認識できる.単なる透明なガラス屋根ではないところが,確固としたボリュームを持つ空間を構成しているとともに,そんな曖昧な見え方を生み出しているのだろう.外観こそクラシカルであるが,やはりこのインテリアだけは特別なものだった.

それ以外は,確かにある時代におけるデザインとしては優れたものだが,現在にも通用する感性で作られたものには思えない.「シュタインホーフの教会」(1907)には行っていないので何とも言えないけど,「郵便貯金局」のインテリアは偶然の産物だったのかな?
「マジョリカ・ハウス」(1898)も期待していたんだけれども,予想以上に壁画的であった.ちなみに1階になぜか日本の定食屋が入っていて,思わずそこでコロッケ定食を食べてしまった.

建築 | Posted by satohshinya at July 5, 2006 14:45 | TrackBack (0)

作品でお茶@graz

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グラーツに流れるムーア川にヴィト・アコンチ『Murinsel(ムーア島)』という作品が浮かんでいる.両岸から桟橋で渡る金属とガラスの島には,カフェと円形劇場,子どもの遊び場が入っている.まるで学生の設計のような冗談みたいなものが,しかも世界遺産でもある旧市街を流れる川に浮かんでいる.パブリック・アートもここまでいくと圧巻.

法律上の問題,構造上の問題,環境状の問題,景観上の問題などがあるとは思うが,アート作品という名目による超法規的措置なのか,とにかく川の真ん中に建築物が作られている.一時的なものであるようだが,少なくとも既に建設されて3年は経つようだ.すぐ横の川岸に建つクンストハウスの方が,いわゆる一般的な敷地に建っている分だけ普通に見えるくらい.
もちろん中のカフェでお茶を飲んでみる.確かに川の真ん中の水面ギリギリに位置するカフェ(もちろんガラスで覆われている)は気持ちがいい.こんなところにカフェでも作れたらと多くの人が考えるだろうが,建築物として実現させるのは困難で,しかしアートとなると話は別なのだろう.ところで,これはアート? それとも建築? まあ,どちらでもよいのだけれど,何れにしてもアーティストだからこそ実現できたものだと思う.

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グラーツでは現代建築のガイドブック(独語版,英語版あり)も配布されていて,『ムーア島』の隣にある本物の橋(写真,構造は張弦梁)はギュンター・ドメニクの設計であることがわかる.もっともそれほど有名な建築家による作品があるわけではないのだが…….

美術 | Posted by satohshinya at July 4, 2006 18:47 | Comments (3) | TrackBack (0)

adios argentina

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たまには開催国らしい話題も.我が家の近くで発見したワーゲンのバン.ドイツの国旗と同じ色に塗られている.そして後ろの窓には「adios argentina」の文字.

先日のアルゼンチン戦をカールスルーエ市街のビアレストランで見た.巨大なスクリーンが設置された広場のある店を中心に,どの店でもテレビの前に人だかりができている.クローゼのゴールが決まった時なんか,街中に怒号が響き渡っていた.その人だかりの後ろには大勢の警官がいて,それぞれの店を巡回している.たかだかビアレストランでサッカーを見るだけで警官に監視されるなんて,一体何事なんだろうかと思っていると,ご存知のように試合の結果はPKでドイツの勝利.最後の方なんかは大騒ぎしたり,手を合わせて祈っていたりして,ドイツ人たちはほとんど試合なんか見てないんじゃないかと思うくらい.そして試合終了と同時に人々はある通りへ向かって歩き出す.そこにはトラムも走っているんだけど,人だかりができてしまうためにトラムも迂回させられることになる.もちろん自動車も警察によって止められている.そして何百人と人が集まって,通りで何やら大合唱.発煙筒も炊かれたりしていて不穏な空気になんだか付き合いきれず,その場を退散.
その後,街中は車のクラクションがあらゆる場所で鳴り続く.勝利に酔いしれたドイツ人たちは,ドイツ国旗を翻しながら車で走り,対向車線から同じようにドイツ国旗を翻す車を見ると,クラクションをお互いに鳴らして喜びを分かち合う.挙げ句の果てに箱乗りして旗を振ったり,サンルーフを開けて身を乗り出したり大騒ぎ.幹線道路には,巨大な国旗を持ったお姉さんが中央分離帯に立ち,車が来ると旗を振る.もちろん通る車はそれを見てクラクションを鳴らす.鳴らさない車の方が少ないほど.老人たちはアパートの窓からその様子を嬉しそうに見ている.こっちでは試合が終わったのが8時過ぎ.クラクションは12時頃まで鳴り続けていた.イタリア戦でも見てろ,と思うがそれどころではないらしい.
そんなこんなで,町中のドイツ国旗は日に日に増加している.幼稚園の子どもたちも頬に国旗を描いている.近所のレストランなんかは,最初は旗が飾ってあっただけだったのに,昨日は大きな窓を覆い隠す巨大な旗が飾ってあった.そしてこのようなワーゲンまで登場する始末.
今日の9時からイタリア戦.また馬鹿騒ぎが起きるのか? この老若男女の喜び方を見ていると,日本のファンなんてまだまだだなと思う.最後に,中田英寿さん,ご苦労さまでした.

@karlsruhe, イベント | Posted by satohshinya at July 4, 2006 12:14 | Comments (2) | TrackBack (0)