近くて遠い日本近代美術

「近代日本洋画の巨匠 黒田清輝展」(新潟県立近代美術館)を見た.有名すぎることもあって,あまり気にして見たことのない作家であったが,「再考:近代日本の絵画 美意識の形成と展開」の第一部(東京藝術大学大学美術館)に出ていたものを見て,ちょっと興味を持っていたところだった.特に今回の個展でおもしろかったのは,構想画(composition)と呼ばれる作品と,そのためのデッサンであった.それらは,『昔がたり』という群像を描いた大きな作品のためのものだが,登場人物は実在のモデルを元に1人ずつデッサンが重ねられ,背景も部分ごとに下図を描き,最終的にそれらが構成(composition)されて1つの作品に仕上げられている.つまり,現実に見た光景を写実的に描いているわけではなく,頭の中に浮かんだ光景を,実際のモデルなどを参考にして組み立てているということだ.おまけに,その完成までの作業に2年ほど掛けているらしい.(更におまけに,『昔がたり』については,多くのデッサンが残されているが,完成作は戦災で消失してしまっている.)近代絵画において,そのような方法が一般的であるのかどうかはよく知らないが,僕にとっては,一目見ると単なる人物画のように見えるものが,実はcompositionという構築的な概念で描かれていることがおもしろかった.その他,同じ構想画の『智・感・情』(こちらはデッサンがなく,完成作しか展示されていない)もよかった.日本の近代美術なんて,あまり身近なものではなかったが,改めておもしろさに触れることができた.
この個展は新潟の美術館で見たのだが,カタログを買ってから分かったことがあった.これらの作品は,上野公園にある黒田記念室に展示されているものの巡回展であったらしい.実は,黒田記念室は我が家から徒歩10分ほどの場所にある.存在は知っていたのだが,1度も行ったことはなかった.そんな身近な作品たちを,わざわざ新潟で見たということもまた,何かの因縁かもしれない.

というわけで,新潟より作品が帰ってきているので,黒田記念室は公開を再開しています.ご興味のある方はぜひ見に行ってください.

美術 | Posted by satohshinya at June 12, 2004 11:51 | TrackBack (0)

美術家に必要な能力

「小林孝宣展 終わらない夏」(目黒区美術館)を見た.ここは,区立の美術館でありながら,時折このような好企画が行われる注目すべき美術館の1つである.小林は,「MOTアニュアル2003  days おだやかな日々」などのグループ展や,年に1度くらい開かれる西村画廊での個展を見ていて,以前から僕の好きな作家の1人であった.美術館での個展は初めてだったので,見たことがない多くの作品を見ることができるだろうと期待していたが,見事に裏切られた.それは,非常に展示点数の少ない個展であった.しかし,作品数が少なかったことを除けば,期待以上の展示でもあった.むしろ点数を減らし,それを効果的に展示することで,作品の魅力を十分に引き出すことに成功している.目黒区美術館は決して好ましい展示空間とは言えず,エントランスホールからそのまま繋がる展示室,多角形の平面と不思議な形状のトップライトを持つ展示室,外部に面した階段から直接繋がる展示室など,全体的にルーズな構成を持つ.インスタレーションならまだしも,平面には不利な展示空間であるように思う.しかし,この個展では,全ての展示室に見事に作品がはめこまれている.それは,今回展示されているノートのスケッチに現れているように,小林自身が展示空間に対して,詳細な検討を行っている結果であることが分かる.特に2階の連作を展示する空間は,仮設壁によって分割されているのだが,その小部屋のスケール感や開口の大きさは見事であった.
もちろん作品自体も,最初期の潜水艦の作品を初め(これは初めて見た),点数が少ないながらも,これまでの小林の軌跡をたどることができる回顧展になっている.しかも,カタログには展示されていないものも含めて,全ての小林の作品の図版が(モノクロだが)掲載されており,これもまた必見である.
作品を描くことと同時に,それらがどのような空間に,どのように展示されるかについて構想することは,平面作家であろうと,優れた美術家に必要とされる能力の1つである.

美術 | Posted by satohshinya at June 11, 2004 7:41 | TrackBack (0)

20年前の20年前

SCAIで中西夏之展「Halation・背後の月 目前のひびき」を見た.最終日前日ということもあり,本人も会場に来ていた.中西の絵画は本当に美しい.特に,最近インスタレーション系が続いたSCAIでは,久しぶりに堂々とした平面のみの展示で,作品はもちろんのこと,やはりよいギャラリーだなと痛感する.中西の作品としても,六本木クロッシングも,去年の退官記念展も,最近のシリーズである繊細なインスタレーションが続いたので,それと比べるとシンプルなよさがあった.しかし,今回も新作だったそうなのだが,ここ10年くらいの絵画作品は一見しても大きな違いはないため,新作だか何だかよくわからない.
このブログでは昔話が多くて申しわけないのだが,1つのことを説明するためには,どうしてもコンテクストから説明する必要が生じてしまう.勘弁してほしい.中西との出会いは20年前に遡る.高校生だった僕は,赤瀬川原平が書いた『東京ミキサー計画』という本を友人に薦められて読んだ.ハイレッド・センターという,今でいうアーティスト・ユニットの活動を記録した本である.メンバーは,高松次郎(高→ハイ),赤瀬川原平(赤→レッド),中西夏之(中→センター)の3人.20年前にこんなことをやっていた人たちがいたのかと愕然とし,現代美術に興味を持つきっかけとなった.だから中西夏之は,僕にとっての現代美術の父親みたいな存在である.(ちなみに,母親は著者でもある赤瀬川原平?)
それから20年が経過したわけだから,現在から考えると,ハイレッド・センターの活動は40年前!のものとなる.高松は何年か前に亡くなったが,赤瀬川は芥川賞を取り,「トマソン」や「老人力」などで有名になった.おかげで,『東京ミキサー計画』は現在でも文庫で読むことができる.古きよき時代の記録として,暇な人は読んでみてほしい.

現在は,中西夏之の個展「カルテット 着陸と着水X」が,川村記念美術館でやっています.こちらはインスタレーション系.10年くらい続いている『着陸と着水』シリーズ第10弾.また,MOTの企画展「再考:近代日本の絵画 美意識の形成と展開」では,ハイレッド・センター時代のコンパクトオブジェと洗濯バサミが出展されているようです.この企画展は,芸大美術館とセットで近代日本絵画が勉強できるので必見です.

美術 | Posted by satohshinya at May 7, 2004 8:55 | TrackBack (0)

素材の良さ

デビッド・シルヴィアンのライブを見た.「Fire in The Forest Tour 2004」の日本公演.弟のスティーヴ・ジャンセンと高木正勝の3人しか出演しないシンプルな構成.正確に書くと,高木はVJなので,演奏は兄弟2人だけ.おまけに『ブレミッシュ』からの曲がほとんどで,黙々とライブは進んでいく.ライブ自体は,もう少し過去の曲もやってくれればいいのにという感想はあるが,それよりも何よりも高木の映像が素晴らしかった.
高木正勝を最初に見たのは,東京都現代美術館での「MOTアニュアル2003 おだやかな日々」で,アニエス・ベーのためにつくった『world is so beautiful』だった.どのようにつくられているのかはわからないが,美しく画像が処理されたビデオインスタレーションだった.その時は,現代美術の展示でよくあるように延々とビデオ作品が流されていただけで,十分に時間を割くことができず,チラリとしか見ることができなかった.しかし,かなり強い印象を持っていたので,DVDで販売されたときにすぐに買った.結局,高木の作品は,映写される空間性が重要なわけではなく,自宅のテレビで見たって十分楽しめた.
つまり,動き,編集といった映像そのものに力がある.それどころか,その1カットを取り出して,高木自身のライブのフライヤーに使ったりするのだが,これがまた1枚の絵として気持ちよい.そういった画像処理の質もまた持ち合わせている.
今回のライブで使われた映像は,『world is so beautiful』の延長として,子どもたちの映像が多く使われている.その1部は,新作としてDVDが発売されるらしい.そして,『World Citizen』では,アンコールであったこともあって,おそらく『world is so beautiful』や新作用の,ほとんど画像処理をしていない生のデジタルビデオ映像を編集したものが使われた.子どもたちが楽しそうに走り回っている映像が繋ぎ合わされた映像だった.これを見て思ったのだが,画像処理をしていなくとも,生の素材を編集しただけでも十分に高木の作品となっていた.画像処理の質の高さだけでなく,この生の素材の良さが,高木が他の映像作家から抜きん出ている理由だと思う.
高木の作品はホームページでも少しだけ見ることができる.ネット上の粗い画面でも十分に魅力的な作品を見れば,僕が書いたことが少しはわかるのではないだろうか?

美術 | Posted by satohshinya at April 29, 2004 6:46 | TrackBack (0)

観光客とともに見る美術展

「六本木クロッシング:日本美術の新しい展望2004」「クサマトリックス 草間彌生展」(森美術館)の2つを見た.森美術館は初めてであったが,美術館と展望台の入場券がセットで販売されるシステムもあって,あの回転扉の事故直後にも関わらず,日曜午後の美術館は大変な人混みだった.
そのおかげで「六本木」は,ほとんど集中して見ることができなかった.おまけに,故障している作品が多かったり,撤去されている作品もあったり,その不完全さが更に追い打ちをかける.1つ1つの作品は決して悪いものではなかったように思えたが,あまりにも双方のコンディションが悪過ぎた.バラ撒かれたような取りとめのない展示構成も手伝い,全体的に散漫な印象しか残っていない.もう少し,こちらに時間的な余裕があり,作品も完全な状態であれば,まったく違う感想を抱いていたかもしれないだけに残念だった.
一方,「草間展」の脅迫的なインスタレーション群は,ぞろぞろと列をなして歩く観光客に対しても,圧倒的な迫力で迫る.その求心力のおかげで,そんなコンディションに関係なく楽しむことができた.さながらテーマパークのようである.特に最後の『ハーイ,コンニチワ!』のポップな空間は感動的ですらあった.

「草間展」は5月9日まで.ぜひ見に行ってほしい.こちらに,「草間展」の作品を写真付きで紹介したレビューあり.行く人は見ない方がいいかも.

美術 | Posted by satohshinya at April 17, 2004 7:58 | TrackBack (1)