新しい構造体

「朝日新聞」7月30日の夕刊に,「新しい構造体,次々に」という見出しとともに,建築の構造が大きく取り上げられていた.伊東豊雄さん『せんだいメディアテーク』foa『横浜港大さん橋国際客船ターミナル』などとともに,ヨコミゾマコトさんの『新富弘美術館』の建設中の様子がレポートされている.執筆は朝日新聞学芸部の大西若人.『新富弘美術館』は国際コンペにより選ばれた作品で,約1,200案の応募があったことから大きな話題となった.実は,このコンペ案に対して僕は否定的であった.しかし,今回紹介された建設中の構造躯体の写真は,確かに美しいもので,改めて期待を持ってゆきたいと思う.建設の様子を定点観測しているwebもある.完成を楽しみにすることにしよう.
しかし,この記事で一番気になったのは,構造設計者のこと.「新しい構造体」による建築の魅力を紹介しておきながら,意匠設計者は紹介されているが,その肝心の構造を実現している構造設計者が紹介されていない.もちろん,役割上は仕方がないことなのかも知れないが,少し残念だった.ちなみに,『せんだい』は佐々木睦朗さん,『横浜』はSDG(渡辺邦夫さん),『富弘』はArup Japanの金田充弘さん.

力の隠蔽

山本理顕さん設計の『東京ウェルズテクニカルセンター』の話.構造は佐々木睦朗さん.この建築は,4.2メートルグリッドの,ブレースが存在しないフレーム構造であるのだが,ちょっとした工夫がされている.全ての柱は200ミリ角の鋼管柱で統一されているのだが,一部にキャンティレヴァー(片持ち梁)部分があるため,柱の負担する鉛直荷重が異なる.それを解決する方法として,200ミリ角という外形はそのままに,一般部は厚さ16ミリの鋼管でありながら,キャンティレヴァー部のみ厚さ25ミリの鋼管を使用している.
モダニズムの建築では,力の強弱は視覚化されるべきものだった.当然,ある高さを持つ建築の場合,上階にいくほど負担する鉛直荷重が少なくなるため,柱は細くてもよいことになる.そこで,上階に向かうほど柱が細くなっていくことを,外部から視覚化することが表現となった.ルイス・カーンの『エクセター図書館』,村野藤吾の『横浜市庁舎』などが,その例である.
それに対し,この建築では,力の強弱は視覚化されることなく隠蔽されている.実際の建物を見ていないので何とも言えないが,おそらく柱の肉厚の違いは,外から見てもわからないだろう.そうだとすると,これもまたモダンというよりは,ポストモダンな構造かもしれない.

スーパーフラットな構造

妹島和世さん設計の『梅林の家』を雑誌で見た.この住宅では,構造体でもある全ての壁が,16ミリの鉄板でつくられている.雑誌に掲載されている図面を見ると,壁はほとんどシングルラインのように見える.ちなみに,1/150の図面では,約0.11ミリ.構造は佐々木睦朗さん.
僕たちが学生の頃,それも妹島さんの影響が大きかったと思うが,グラフィカルに表現されたシングルラインの図面が流行っていた.「実際の建築物は厚みのあるものだ」と怒られたものだった.事実,その時点では,実際に厚みがなければならないものを,抽象的な表現として(時には,ダブルラインで描く手間を省いた手抜きな表現として)シングルラインを用いていた.しかし,妹島さんはこの住宅で,あるバランスの中で,物理的にシングルラインで表現することのできる建築を完成させた.しかも,構造的な技術を用いることで.
もちろん,建築物の厚さは構造体のみで決まるわけではなく,断熱材や仕上げによるところも大きい.この住宅では,これらの問題を断熱塗料を塗ることで解決しているらしい.塗装なので,厚さは限りなく0(ゼロ)であるし,そのまま仕上げにもなるだろう.この点についてもやはり,技術的な方法で解決を図っている.しかし,この塗装の性能がどのくらいのもので,ヒートブリッジ,つまり外部に面する壁が,内部の壁や床に直接溶接されているため,外壁が冷えると,そのまま間仕切り壁が冷えて結露を起こすという問題に対し,どの程度防止できているのかはわからない.もちろん,個人住宅であれば,クライアントがOKと言うのであれば,どのような性能であってもかまわないという話も一理ある.(事実,僕自身の設計した『湯島もみじ』は,結露どころかスキマがあちこちにあったりする.)とにかく,技術的な興味として,『梅林の家』の断熱性能がどのようなものであるかは興味深いところである.
何れにしても,その結果に得られた,特に内部空間の,手前の部屋と,16ミリの鉄板に開けられた開口部越しに見える隣の部屋が同時に見える風景は,確かに不思議なものがある.もちろん,ここでもまた,部屋と部屋との間に建具を取り付けなくてよいという,クライアント自身の要求によるところが大きいかもしれない.(現実には,音や匂い,空気があらゆるところに廻ってゆくのだろう.もちろん,ワンルームの要求を,一繋がりのいくつもの小部屋によるプランニングで解決していることが,この住宅の主題なのかもしれないが,この文章の主題はそこにはない.)いくら壁を薄くつくったとしても,その薄さを示す断面が見えなければ,知覚することもできないかもしれない.
この住宅は,構造計算上は12ミリの鉄板でも保たせることができたそうだ.しかし,施工上の溶接による歪みなどが問題になって,16ミリの鉄板を使っている.「新建築」2004年3月号のインタビューで,妹島さんが厚さについて語っている.現在設計中の,オランダに建つ『スタッドシアター』の壁の厚さは80ミリだが,建築自体が大きいため,図面上のバランスでは,やはりシングルラインに見える.この規模で80ミリの壁というのは,かなり薄い.ちなみに,1/1000の図面では,約0.08ミリ.『梅林の家』よりも相対的に薄い.それでも妹島さんは,〈実際に自分の体の前に80mmという寸法が出てきたときには,プロポーションとか関係性でない絶対的な厚みが出てくると思う〉と語る.
友人の構造家の多田脩二と,この住宅の話になったとき,「そんなに薄い壁がいいならば,天井から吊れば,いくらでも薄い鉄板でできるだろう」と言われた.そりゃそうだ.その壁が主体構造でないのであれば,1ミリくらいのペラペラな間仕切りだってつくれるかもしれない.
そうだとしたら,何が重要なのだろうか? 壁が薄いことか? 壁が構造体であるかどうかということか? 薄い壁が構造体となっていることだろうか? 次に考えるべきことは,ここら辺にある思う.

スリム

2000年に『うつくしま未来博・エコファミリーハウス(EFH)』の構造設計チームとして,基本設計に参加した.意匠設計は山寺美和子,吉岡寛之,飯山千里,黒川泰孝,立川博之の5人.完成した時に,ある小冊子に書いた文章を,少し長めだが再録する.
《構造におけるチャレンジの1つとして,「スリム」にすることが考えられる.例えば,柱をスリムに(細く)すること.極端に柱の細い建築では,今までに体験したことのない新しい空間に出会うことがある.常識的に考えられてきた柱の太さを,新たな構造的な理論や技術によってスリムにすることは,明解に進歩を表現する1つの方法となる.しかし,このEFHの設計においては,細くすることではない「スリム」によって,新たな建築を生み出すことを目指した.様々に異なる要素を1つに集約することで,建築をスリムにする.その考えを中心に,2段階のコンペ(設計競技)から実際に建設するための設計(実施設計)までの過程において,構造の考え方がどのように変化してゆき,それが建築空間にどのような影響を与えていたのかを書いてみたいと思う.
コンペの最初の条件では,間伐材を構造体として用いることが要求されていた.間伐材とは,樹木の成長のために森林から間引かれた木材のことであり,安価であるが,それほど強度は大きくない.第1段階では,エコハウスとしてのライフスタイルの提案と,それに適合するスパイラル状の形態が特長だった.この時点では,外周を覆う間伐材のラチスパネルは,植物を這わせるためのものであると同時に,日除けとしての環境上の機能を持つだけで,構造上の機能を持っていなかった.そのため,全ての外壁がガラス張りの空間を,グリッド状に立てた柱が支えるという一般的な構造形式を採用していた.
第2段階へ進むことが決まり,全体デザインとともに構造に対する再検討を行った.そこで問題となったのは,ラチスパネルに覆われた部分の考え方だった.室内に構造体としての間伐材の柱が立ち並び,その外側を同じ間伐材のラチスパネルが覆う関係は,明らかに無駄なものに思えた.そこで,環境に対する重要な提案として考え出されたラチスパネルに,更に構造に対する重要な役割を与え,様々な機能を集約することで,必要最低限の要素だけで成立するスリムな建築を提案した.つまり,柱のない空間を考えたのだった.
最終審査の結果,この案は最優秀賞に選ばれたが,建設には多くの課題が残った.そこで,この画期的な構造を実現するために,岡田章さんを中心とする構造設計チームがつくられた.ラチスパネルは,デザイン面,構造面ともに中心的な役割を担うため,その両面から詳細な検討を行う必要があり,設計・構造両チームによるミーティングが何度も行われた.その結果,薄い鉄製フレームに間伐材のラチスを固定し,搬送可能な大きさに分割したパネルを,工場で製作してから建設現場へ運び込む方法を考えた.パネルの分割は,間伐材の使用可能な限界の長さから決めたもので,外壁面の一体化を損なうことになるが,それ以上に多くの建設上の利点が考えられた.鉄製フレームは,ラチスパネルの力を床と屋根に伝えるためのもので,接合部だけに用いる補助的な役割であることから, 限界まで細く,薄く,小さくすることで,外観上は目立たぬものとしている.そのため,ミリ単位の寸法を考慮する必要があり,多くのディテール(詳細)図が描かれた.同時に,そのディテールが構造的に成立するかどうか,立体的な構造モデルの解析によるチェックが行われ,その結果が更にデザインへと反映され,無駄のないスリムなディテールが考えられていった.このように,ほんの小さなことまでを考え抜くことによって,建築は新しい空間を生み出してゆく. 
こうして実施設計が完了したが,残念なことに,予算の問題などによりラチスパネル構造は中止となった.長期にわたって検討してきた結果が実現できないことは,建築の設計ではよくあること.結局,別の構造設計者によって,鉄骨の柱をサッシュと同一平面に並べた構造により,このEFHは実現した.もちろん,柱を細くすることによる「スリム」の可能性もあったが,そのチャレンジをするには時間が足りなかった.結局,やや太めの柱は,スリムなガラス張りの空間を実現することはなく,ラチスパネルも環境上の機能を持つだけのものとなってしまった.》