シンメトリー@paris

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「Palais de Tokyo(パレ・ド・トーキョー)」「Musée d'Art Moderne de la Ville de Paris(パリ市立近代美術館)」は,1937年のパリ万博の際に美術館として建てられた建物である.ガイドブックなどでは日本館として利用されていたと書かれているが,その時のパリ万博日本館は坂倉準三が設計した有名な建築で,全くの別物である.実際には近代美術館としてJean-Claude Dondel,André Aubert,Paul Viard,Marcel Dastugueにより設計されたもので,建物全体の名前がパレ・ド・トーキョーという.トーキョーと付いているのは建物が建っている堤の名前Quai de Tokyoにちなんだものらしい.

庭を挟むシンメトリーな外観の建物がセーヌ川に面して並び,西翼がパレ・ド・トーキョー,東翼が近代美術館.それにしても,いつの頃からかシンメトリーなデザインは敬遠されるようになった.こんな例もある.『横浜港大さん橋国際客船ターミナル』を設計したfoaのアレハンドロ・ザエラ・ポロは,そのデザインを説明するために動物の顔を引き合いに出している.一見するとシンメトリーに見えながらも,細部はさまざまな要因で形が異なっているのが当たり前で,同様にターミナルもシンメトリーではないそうだ.確かに人間の顔だって厳密にはシンメトリーではない.

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それはともかくパレ・ド・トーキョーは,パリで今回見た美術館でもっともおもしろいところであった.現代美術の企画展専用のギャラリーであり,1階に全ての展示室が納められている.展示室は壁が真っ白く塗られているものの,床はモルタルのままで,天井も既存のコンクリートやレンガによる躯体が剥き出しになっている.特に奥の展示室は途中からカーブを描いており,そこには切妻屋根の架構と木製の下地が露出している.一歩間違えると廃屋に見える,というよりは人によっては十分に廃屋に見えるような,そんな寸止めの手の入れ方に好感を持った.外部が間に入り込む櫛形の平面形であることから,ハイサイドライトより自然光が十分に入ってきていて,この巨大で荒っぽい空間は本当に現代美術にふさわしいと思う(参考リンク:).建設後はポンピドゥーが開館する1977年まで国立近代美術館として使われ,国立映画学校などを経て,アン・ラカトンとジャン・フィリップ・ヴァサルの改修により2002年に現在の形でオープンしたそうだ.つまり,この現代美術館もまたフランス国立である.
大きな展示室を1人(組)のアーティストに割り当てたグループ展「Tropico-Végétal」を開催中で,タイトルが示すとおりリゾート感覚溢れる内容だった.特にHenrik Håkanssonweb)の本物の植物を使った作品は展示空間にふさわしい迫力のあるものだった.他のアーティストはJennifer Allora & Guillermo Calzadillaゲルダ・シュタイナー&ユルグ・レンツリンガーweb),Salla Tykkäweb),セルジオ・ヴェガ.奥には仮設だか何だか分からないが,木製の巨大な客席による映写スペースがあって,これもまた1つの作品のようにすら見えた.しかし,これほどの空間を使いこなすためにはアーティストの力も問われることだろう.

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今回の展示とは関係ないようだが,建物に隣接してアーティストRobert Milin,建築家Laurent Dugua,Marc Pouzolによる2つの庭がある.敷地の高低差と建物の間に生まれた隙間を木製デッキで歩くだけだが,不思議な場所へと変化させることに成功している(参考リンク:).

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一方の近代美術館は多層に亘っていて,地下にピカソやモネなどの近代美術から現代美術に至るまでの膨大なコレクションが展示されている.しかも,ここだけは無料である.1937年の建設後,戦争を挟んだ1961年にようやく開館したそうで,90年代の改修は2000年のポンピドゥー改修を担当したJean-François Bodinにより行われ,最近も2年間の休館を経て今年2月に再オープンしたばかり.そのためかパレ・ド・トーキョーと同じ外観でありながら,内部は全く異なる上品な美術館に改修されていた.地下には年代順に並べられたコレクションの他に,いくつかの作品のために特別に用意された展示室があり,マティスの作品にダニエル・ビュランの作品が向き合う部屋や,ニエーレ・トローニやクリスチャン・ボルタンスキーのインスタレーションが常設された部屋がある.更に2階レベルにはラウル・デュフィがパリ万博のパヴィリオンのために描いた巨大な壁画を展示する部屋があり,なぜかその中央にはナムジュン・パイクの作品が置かれている(参考リンク:).
1階の企画展示室ではダン・フラヴィンの回顧展が開催中.パレ・ド・トーキョーと同じカーブを描く展示室を持つのだが,完璧に手を加えられている展示室は全く異なる印象を持つ.展示室は小さく区切られており,更に上階に展示室を持つために天井の高さもそれほど高くなく,部分的に窓を持つ展示室もあるが基本的には人工光のみである.しかし,床に光沢のある薄いグレー色の材料(塗り床?)を使用しており,床に作品が映り込む様子は特にフラヴィンにはふさわしいものだった(参考リンク:Hayward Galleryにおける同一巡回展).3階レベルにもう1つ企画展示室があり,ケリス・ウィン・エヴァンスの「...In Which Something Happens All Over Again for the Very First Time」展が行われていた.ここだけは最上階であるために全面トップライトの天井を持ち,洗練された展示空間を作り出している.ぶら下げられた照明器具がJ.G.バラードなどのテキストに呼応して明滅する作品などを展示していた(参考リンク).
この2つの美術館はシンメトリーな外観によってほとんど同じヴォリュームを持ちながら,全く異なるインテリアを持つ.一方は巨大な空間をそのままに荒々しい展示室を作り出し,一方はさまざまに空間を分割して広大で洗練された展示室を作り出している.当初の建物がどのようなものであったのかはわからないが,これだけ対比的な美術館が並び合うことがおもしろい.特に計画により実現させることが困難であると思えるパレ・ド・トーキョーの荒々しい空間は非常に魅力的であった.

美術 | Posted by satohshinya at November 2, 2006 9:32


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