オープン・ストレージ@basel

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Emanuel Hoffmann財団が自らの展示スペースとして作ったのが「Schaulager(シャウラガー)」.美術館ともギャラリーとも名付けられず,単に「シャウラガー」.「バーゼル美術館」や「バーゼル現代美術館」だけでは十分な展示が行えないために新しいスペースが必要とされ,ヘルツォーク&ド・ムーロンの設計により2003年にオープン.

1階では「The Sign Painting Project (1993-97) : A Revision」展というFrancis Alÿs(フランシス・アリス)の個展.作家自身が描かずに,看板画家に代わりに描いてもらった平面作品を展示.それらを立て掛けて重ねて展示してみたりしていて,絵そのものを見せるというよりもインスタレーションのようなコンセプチュアルなもの.最後の展示室では真っ暗な部屋に裸電球が1つぶら下がり,部屋の隅に小さな絵が1枚掛けられていたりしてなかなかおもしろい.そのためかそれほど大きなスペースを用いておらず,入口近くを壁で仕切って使っているだけで,背後には巨大な展示室が余っている.写真はこの展示室を後ろから覗いたもの(トイレに行く時に見える).使っていない部分の天井照明は点いているが,最後の暗い展示室の蛍光灯が消えている.
地下では「Analogue」展というTacita Dean(タシタ・ディーン)のフィルムや写真などによる個展.大きな展示室の中に16mmフィルムを使った作品のための小部屋がいくつも作られているのだが,これらがパヴィリオンのようにおもしろく配置され,その隙間が写真やその他の展示空間になっている.中心に3つの部屋が繋がったボリュームがあって,それにより単なるホワイトキューブではない展示空間が生まれている.しかも,それらが仮設の展示壁面とは思えないほどキチンと作られていることに驚く.今回は時間が十分になかったが,フィルム作品自体も時間を掛けてじっくり見てみたいものばかり.それにしても「アート・バーゼル」でもビデオではなくフィルムを使った作品を多く見掛けたが,最近の流行なのだろうか? ちなみにここで作品と展示風景の映像を見ることができる.地下には他にKatharina Fritschの巨大なネズミ,Robert Goberの大掛かりな水を使ったインスタレーションが常設展示.
作品,展示ともに質が高い一方で,建築はイマイチ.企画展示室は単なる巨大な空間で,柱も無造作に立っている.悪くはないけれどもよくもない.天井の照明もあまりにも一本調子.外観に至っては,エントランスの小さな建物にもう少し意味があるのかと思っていたけれども単なる通り道に過ぎないし,地下階を覗き込めるガラス窓もミラーフィルムが貼られていて外からは見えないし,大きく凹んだファサードはシンボリックなだけ.
しかし,どうしても腑に落ちないことがあった.天井の照明が一本調子であるのは,展示室の均質な照明を機能的に確保するとともに,地下から見上げた時に増殖して見える風景を作り出したかったのだろうということは理解できる.そうだとしても,2階以上の3層くらいに亘る空間は何なのだろうか? まさか見かけのためだけに照明を付けているわけがないし,事務スペースにしては大げさすぎる.調べてみたところ,そこは収蔵庫だったことがわかった.
美術館には「オープン・ストレージ」というアイディアがあって,展示室に展示しきれない作品を収蔵庫内で研究や鑑賞などの目的で限定的に公開する施設がある.それぞれの美術館が重要なコレクションを持っていたとしても,それらを見ることができなければ意味がないため,直接アーカイブにアクセスを可能にしようというアイディアだ.ポンピドゥーでも行われているというのを本で読んだことがあるし,日本でも博物館では行われることがあるようだ.それでも美術館で実現しているのは,平面作品が掛けられた収蔵庫内のラックが移動して鑑賞できるという程度のことで,インスタレーションを中心とした現代美術では例がないと思う.
「Schaulager」という名前はドイツ語で,「schau」が「みせること,展示」,「lager」が「倉庫,貯蔵庫」で,「見せる収蔵庫」という意味を持つ.その名の通り,この美術館(と呼ぶべきではないかもしれない)は現代美術におけるオープン・ストレージを実現した大きな収蔵庫だったのだ.確かにここで行われる企画展は年に1回で,今年は5月13日〜9月24日までのたった4ヶ月ちょっと.それ以外は基本的に内部は公開されておらず,研究を目的とする専門家や学生だけが上層階を含めたコレクションに一年中アクセスできる(もちろん建築関係者もお断り).
ここまでのアイディアはプログラムに関するもので,もちろんこれは財団が提示したものである.それをH&deMが建築化したわけだが,webなどでオープン・ストレージの写真を見ると,通常よりも接近して展示されている展示室といった程度の場所で,特別な空間の提案が行われているわけではないようだ.その意味でも,建築家の果たした役割が表層的な点に終始しているのが残念であった.何れにしても画期的なコンセプトによる美術館,もしくは収蔵庫であることは事実であり,今後の展開に期待してゆきたい.
余談だが,12年前に制作した自分自身の修士設計において,インスタレーションなどの空間化された現代美術作品を収蔵するオープン・ストレージを提案したことがある.それは地下鉄の駅に対してガラス張りの収蔵庫が面するといういささかオーバーなものであったが,ようやく現実が追いついてきたようでうれしく思う.

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美術 | Posted by satohshinya at August 9, 2006 23:30


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