同時代の作家

阿部和重氏が『グランド・フィナーレ』芥川賞を獲った.毎回「文藝春秋」では芥川賞受賞作が全文掲載されているのだが,金原ひとみ氏,綿矢りさ氏が受賞した時には増刷を重ねて120万部近く売れていて,それに気をよくしたのか今回の受賞作掲載号では阿部氏のほぼ全身写真入りの全面広告が「朝日新聞」に掲載されていた.笑った.それはともかく,阿部氏とは生まれた年が同じであることもあって,同世代の作家として注目してきた.
受賞作である『グランド・フィナーレ』をまだ読んでいない.同じ神町という場所を舞台とした長編『シンセミア』をまだ読んでいないので,それの後に読もうと思っている.ちなみに,これら神町を舞台とした作品を「神町フォークロア」と呼ぶらしい.というわけで,芥川賞の話題.
阿部氏はようやく芥川賞を受賞したわけだが,本当に今更ながらという気がしている.『シンセミア』を書いた後の受賞なんて,中上健次氏に例えると,『枯木灘』を書いた後に『千年の愉楽』のどれかでようやく受賞するようなもの.そう考えると,中上氏は『岬』で受賞したわけだから,阿部氏も『シンセミア』より前の『ニッポニアニッポン』辺りで本当は受賞すべきだったのかもしれない.などというのは,ほとんど意味のない例え話.
阿部作品の中では,個人的には短編集『無情の世界』がお薦め.『ニッポニアニッポン』もまあまあ.『インディヴィジュアル・プロジェクション』は,読む前に少し期待が大きすぎたためにあまりよい印象がないのだが,阿部氏の代表作.文庫解説は東浩紀氏が書いている.ちなみに,こちらは東氏との鼎談.
芥川賞の話に戻す.芥川賞受賞といっても,1年間の内に上半期と下半期があって,1半期で2人受賞する可能性もあるため,1年で最大4人の受賞者,10年だと40人の受賞者が出る可能性がある.結構な量だ.例えば,この10年(1995〜2004年)で芥川賞を受賞した人たち.
保坂和志,又吉栄喜,川上弘美,辻仁成,柳美里,目取真俊,花村萬月,藤沢周,平野啓一郎,玄月,藤野千夜,町田康,松浦寿輝,青来有一,堀江敏幸,玄侑宗久,長嶋有,吉田修一,大道珠貴,吉村萬壱,金原ひとみ,綿矢りさ,モブ・ノリオ,阿部和重の24氏.この中で読んだことがあるのは柳,平野,阿部の3氏くらい.もう既に馴染みのない名前もある.
次の10年(1985〜1994年)はこんな感じ.
米谷ふみ子,村田喜代子,池澤夏樹,三浦清宏,新井満,南木佳士,李良枝,大岡玲,瀧澤美恵子,辻原登,小川洋子,辺見庸,荻野アンナ,松村栄子,藤原智美,多和田葉子,吉目木晴彦,奥泉光,室井光広,笙野頼子の20氏.池澤,大岡の2氏くらいしか読んだことがない.
更に次の10年(1975〜1984年).
三木卓,野呂邦暢,森敦,日野啓三,阪田寛夫,林京子,中上健次,岡松和夫,村上龍,三田誠広,池田満寿夫,宮本輝,高城修三,高橋揆一郎,高橋三千綱,重兼芳子,青野聰,森禮子,尾辻克彦,吉行理恵,加藤幸子,唐十郎,笠原淳,高樹のぶ子,木崎さと子の25氏.ここまで来ると大御所も混ざってくるが,読んだことがあるのは日野,中上,村上,宮本,尾辻の5氏くらい.
今回の阿部氏受賞に際して,審査員からは「村上春樹や島田雅彦に受賞させなかった失敗を繰り返さない」というような理由で受賞を決めたとかなんとかいう話があった.どうでもよい話だが,確かに村上春樹氏も島田雅彦氏も,ついでに高橋源一郎氏も受賞していない.これだけの数の受賞者がいながら,この3人は受賞できなかった.
村上春樹氏は2回候補になった.1979年上『風の歌を聴け』と1980年上『1973年のピンボール』
島田雅彦氏は,自ら「朝日新聞」の文芸月評で阿部氏受賞の話題に触れて未練がましいことを書いていたが,6回も候補になっている.1983年上『優しいサヨクのための嬉遊曲』,1983年下『亡命旅行者は叫び呟く』,1984年上『夢遊王国のための音楽』,1985年上『僕は模造人間』,1986年上『ドンナ・アンナ』,1986年下『未確認尾行物体』.確かにどれで受賞してもおかしくないような作品ばかり.
高橋源一郎氏に至っては,候補にもなっていない.
ちなみに阿部氏は過去3回候補になり,4回目で受賞.候補作は1994年上『アメリカの夜』,1997年下『トライアングルズ』,2001年上『ニッポニアニッポン』.
おまけに中上氏も4回目で受賞.候補は1973年上『十九歳の地図』,1974年下『鳩どもの家』,1975年上『浄徳寺ツアー』,1975年下『岬』で受賞.
要するに,これを機会に同時代の作家によるこれらの作品をぜひ読んでほしいということ.

ものとしての小説

舞城王太郎氏の『熊の場所』のノベルズが発売された.これは,ノベルズ出身の舞城氏が,初めて文芸雑誌に発表した同名短編を収めた第1短編集.以前はハードカバーの単行本で出ていたもののノベルズ化.ハードカバーといっても,実際にはふかふかしたソフトなカバーを使用した凝った装丁で,デザインは講談社の舞城本をすべて手掛けているVeia.
続くように,舞城氏の処女作である『煙か土か食い物』の文庫が発売された.これは,以前はノベルズで出ていたものの文庫化.そもそも,単行本がノベルズ化されるというのは珍しい気がするが,どうもここには,単行本>ノベルズ>文庫というヒエラルキーがあるようだ.となると,将来『熊の場所』は更に文庫化されのだろうか? それはともかく,話のポイントは中身について.中身といっても,これらの小説が印刷されたページ自体のデザインについての話.
ノベルズ版の『熊の場所』には3つの短編が収められているのだが,実は,それぞれ使用しているフォントの種類とポイント,段組がすべて違っている.もちろん,単行本版で使われていたのは1種類だけ.通常の単行本のつくり方だった.このアイディアは,そもそも「ファウスト」で始まったもの.すべての作品は,それに相応しいフォントや段組を必要とすべきであるということから,1つの雑誌に,作品毎に異なるフォントや段組が選択されている.もちろん,In Design(今はCreative Suite)使用によるDTP技術の発達が背景にある.そして,芥川賞を取り損ねた『好き好き大好き超愛してる.』の単行本では,異なるフォント,段組どころか,使用している紙までが作品によって異なっていた.作品を読ませるに当たって,ものとしての小説が持っている空気をつくり出すためのデザインが行われているように思う.
実際に,それらのデザインによって作品の印象がどれくらい変わるかは,読み比べたわけではないのでわからないが,何れにしても,『熊の場所』ノベルズ版は,単行本版より更に進化した完成版である.

舞城最新作?

舞城王太郎の最新刊『みんな元気。』の刊行を記念して,山手線沿線の書店店頭における意味不明なキャンペーンが行われている.「バラバラPOP漫画 on 山手線」というもの.舞城の最新作ということになる.地図上の右の方は見に行けそうだが,左はちょっと遠い.近所に用事があって行った方,舞城作のPOPを写真に撮って送ってください.ご協力お願いします.

繊細と思っていたが実はテキトーだった

西島大介の『凹村戦争』(早川書房)を読んだ.《二人のウエルズ氏に.》と献辞にあるように,『宇宙戦争』を書いたH.G.ウエルズと,それを元にラジオドラマをつくったオーソン・ウエルズ(だから,凹村→おうそん),その他にもジョン・カーペンター,『プリズナーNo.6』,『2001年宇宙の旅』だとか,ネタが散りばめられている.まあ,それだけが本題ではなく,東浩紀の帯文に端的に示されているように,「きみとぼく」に「メタとネタと萌え」というもの.しかし,マンガ自体は期待していたほどではなかった.
なぜ期待していたかというと,西島のイラストレーターとしての仕事に興味を持っていたから.『定本物語消費論』大塚英志の文庫版の表紙と中表紙や,『網状言論F改』東浩紀編の表紙をぜひ見てほしい.特に繊細な淡い色使いに注目したい.その意味では,『凹村戦争』は白黒だから…….しかし,期待していたポイントが違っただけで,全編に流れる(西島のホームページにもそういった雰囲気があるけど)「テキトー」感は気持ちよいです.

バランスのよい複雑さ

イタロ・カルヴィーノの『冬の夜ひとりの旅人が』(脇功訳,筑摩書房)を読んだ.最近,河出文庫で『柔かい月』『見えない都市』『宿命の交わる城』が続けて刊行されたため,これを機にまとめて読んでいる.
カルヴィーノの個人的な思い出としては,1989年にニューヨークへ行ったとき,クーパーユニオンだかコロンビア大だかの近所の建築系書店で,『見えない都市』が平積みになっていたことを思い出す.『見えない都市』が書かれたのは1976年であるが,80年代最後のNYの建築界は,ポストモダニズムからデコンストラクティビズムへの移行時期で,そんな時代の雰囲気にこの小説が合っていたのかもしれない.(ちなみに,ここでのポストモダンは狭義の意味で,古今東西の引用によるコラージュ的デザインを指す.デコンも狭義の意味で,ロシア構成主義的デザインを指す.もちろん,デコンは広義のポストモダンに含まれる.)マルコ・ポーロによる都市の描写を集めただけの物語は,建築関係の人たちには表面的に理解しやすいものだったのだろう.しかし,カルヴィーノの作品が,小説全体に及ぶ多様な解釈を内包することを目論んでいることを思うと,ただの都市論として『見えない都市』が読まれることは望ましくない.
その点,『冬の夜』は,バランスのよい複雑な構成を持つ小説である.『柔かい月』は,デッサンのような短編小説集.『見えない都市』は,都市論としての表情が強すぎる.『宿命』は,あまりにも実験的すぎる.とするならば,カルヴィーノを読むには,『冬の夜』がもっともおすすめである.

 1 | 2 | ALL