スリム

2000年に『うつくしま未来博・エコファミリーハウス(EFH)』の構造設計チームとして,基本設計に参加した.意匠設計は山寺美和子,吉岡寛之,飯山千里,黒川泰孝,立川博之の5人.完成した時に,ある小冊子に書いた文章を,少し長めだが再録する.
《構造におけるチャレンジの1つとして,「スリム」にすることが考えられる.例えば,柱をスリムに(細く)すること.極端に柱の細い建築では,今までに体験したことのない新しい空間に出会うことがある.常識的に考えられてきた柱の太さを,新たな構造的な理論や技術によってスリムにすることは,明解に進歩を表現する1つの方法となる.しかし,このEFHの設計においては,細くすることではない「スリム」によって,新たな建築を生み出すことを目指した.様々に異なる要素を1つに集約することで,建築をスリムにする.その考えを中心に,2段階のコンペ(設計競技)から実際に建設するための設計(実施設計)までの過程において,構造の考え方がどのように変化してゆき,それが建築空間にどのような影響を与えていたのかを書いてみたいと思う.
コンペの最初の条件では,間伐材を構造体として用いることが要求されていた.間伐材とは,樹木の成長のために森林から間引かれた木材のことであり,安価であるが,それほど強度は大きくない.第1段階では,エコハウスとしてのライフスタイルの提案と,それに適合するスパイラル状の形態が特長だった.この時点では,外周を覆う間伐材のラチスパネルは,植物を這わせるためのものであると同時に,日除けとしての環境上の機能を持つだけで,構造上の機能を持っていなかった.そのため,全ての外壁がガラス張りの空間を,グリッド状に立てた柱が支えるという一般的な構造形式を採用していた.
第2段階へ進むことが決まり,全体デザインとともに構造に対する再検討を行った.そこで問題となったのは,ラチスパネルに覆われた部分の考え方だった.室内に構造体としての間伐材の柱が立ち並び,その外側を同じ間伐材のラチスパネルが覆う関係は,明らかに無駄なものに思えた.そこで,環境に対する重要な提案として考え出されたラチスパネルに,更に構造に対する重要な役割を与え,様々な機能を集約することで,必要最低限の要素だけで成立するスリムな建築を提案した.つまり,柱のない空間を考えたのだった.
最終審査の結果,この案は最優秀賞に選ばれたが,建設には多くの課題が残った.そこで,この画期的な構造を実現するために,岡田章さんを中心とする構造設計チームがつくられた.ラチスパネルは,デザイン面,構造面ともに中心的な役割を担うため,その両面から詳細な検討を行う必要があり,設計・構造両チームによるミーティングが何度も行われた.その結果,薄い鉄製フレームに間伐材のラチスを固定し,搬送可能な大きさに分割したパネルを,工場で製作してから建設現場へ運び込む方法を考えた.パネルの分割は,間伐材の使用可能な限界の長さから決めたもので,外壁面の一体化を損なうことになるが,それ以上に多くの建設上の利点が考えられた.鉄製フレームは,ラチスパネルの力を床と屋根に伝えるためのもので,接合部だけに用いる補助的な役割であることから, 限界まで細く,薄く,小さくすることで,外観上は目立たぬものとしている.そのため,ミリ単位の寸法を考慮する必要があり,多くのディテール(詳細)図が描かれた.同時に,そのディテールが構造的に成立するかどうか,立体的な構造モデルの解析によるチェックが行われ,その結果が更にデザインへと反映され,無駄のないスリムなディテールが考えられていった.このように,ほんの小さなことまでを考え抜くことによって,建築は新しい空間を生み出してゆく. 
こうして実施設計が完了したが,残念なことに,予算の問題などによりラチスパネル構造は中止となった.長期にわたって検討してきた結果が実現できないことは,建築の設計ではよくあること.結局,別の構造設計者によって,鉄骨の柱をサッシュと同一平面に並べた構造により,このEFHは実現した.もちろん,柱を細くすることによる「スリム」の可能性もあったが,そのチャレンジをするには時間が足りなかった.結局,やや太めの柱は,スリムなガラス張りの空間を実現することはなく,ラチスパネルも環境上の機能を持つだけのものとなってしまった.》

現在,このEFHは,ムシテックワールドという科学体験センターの一角にあるようだが…….

建築 | Posted by satohshinya at May 7, 2004 18:52


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