2つのベケット

サミュエル・ベケットの芝居を続けて2つ見た.1つは『あしおと』(下北沢「劇」小劇場).もう1つは『ゴドーを待ちながら』(あがたの森文化会館講堂).『あしおと』は,僕の高校からの友人である長島確の翻訳,同じく僕の友人である阿部初美さんの演出.『ゴドー』は,串田和美演出,串田,緒形拳の出演.ベケットの処女戯曲である『ゴドー』と,晩年の作である「あしおと」は,書かれた時期もあって作品が大きく異なるだけでなく,その演出もまた対照的であった.
『ゴドー』は,ウラジミール役の串田と,エストラゴン役の緒形(そして,ポッツォ役のあさひ7オユキ)のやり取りが,ベケットのテクスト(翻訳は安藤信也と高橋康也)に寄り添いながらも,時として(と言うよりも全般的に)お笑いコントの様相を呈する.もちろん,観客は大いに沸くし,網走刑務所での公演が好評であったことも納得できる.
それに対し『あしおと』は,日本語による上演に対する正確な翻訳への,確と阿部さんの徹底した意志が感じられた.ベケットのテクストを正確に上演することにより,初めて手に入れることができる本当の不条理さを,もしくは,不条理という言葉に短絡させるべきではない何かを手に入れることを目指した試みであった.
ベケットのテクストは一読すると不条理のように思えるが,実際に精読していくと,細部に渡り徹底して論理的に書き上げられていると,確は言っていた.少なくとも『あしおと』に関してはそうであるらしい.処女戯曲であった『ゴドー』が,どの程度緻密に書かれたものであるかは分からない.串田『ゴドー』は,ここで繰り広げられる不条理な会話を,普段どこででも行っている日常的な会話はこんなもんじゃない? と言わんばかりの雰囲気で演出を行う.それはそれで,主演の2人に負うところが大きいにしても,娯楽作として成立している.しかし,もし『あしおと』のように,ベケットが論理的に組み立てた(であろう)テクストとしての『ゴドー』を,日本語による正確な上演を行うとするならば,どのような『ゴドー』が立ち上がるのか,非常に興味深い.

ちなみに,串田『ゴドー』は,僕の見た松本公演がNHKで放送される予定.串田は,最近完成した「まつもと市民芸術館」の館長.設計者である伊東豊雄さんも,同じ時に芝居を見に来ていた.一方,長島・阿部ベケットは,来年の1月に新作を上演予定.

舞台 | Posted by satohshinya at April 10, 2004 7:59


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