最悪な展示室と最高なプログラム@bern

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「Zentrum Paul Klee, Bern(パウル・クレー・センター)」に行く.4,000点以上のパウル・クレー作品という,すばらしいコレクションを持つ美術館だが,その展示室はひどいものだった.昨年オープンしたばかりのレンゾ・ピアノの最新作.

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コレクションの中から約200点を展示する常設展示室(定期的に展示替えを行う)は,全体が微妙に扇形をしているが,それは前面を走るアウトバーンの円弧に合わせて建物全体がカーブしているためである.更に,高さ方向についても中央部分が山形に盛り上がっているが,これは3つの棟に分かれている建物が3つの波によってデザインされているためである.この全体を操作するデザインの話はここではどうでもよく,その結果に得られる効果がよければ問題ないのだが(この建築については,その効果自体も疑問なところがあるが),問題なのは,それによって肝心の展示室が犠牲になっていると思えることである.
展示室の床には,かなり細かいピッチ(600mmくらい?)で空調吹き出しがライン状に設置されている.さまざまな展示壁面のレイアウトにも対応できるように配慮したものだと思うが,この床の縞模様があまりにもうるさく,大変に鑑賞の邪魔になる.おまけに,このラインは建物の形状に合わせて円弧を描いている.
展示壁面は,展示室全体が山形の大空間となっているため,天井まで達していない四角い壁が吊されている.クレーの作品自体は大きいものはそれほど多くなく,現代美術のような巨大な展示空間を必要としないため,それ自体は問題ではない.また,照明も天井から吊り下げられており,部分的に紗幕天井が吊り下げられ,光を拡散させるとともに,そこに独立したスペースを作り出している.クレーのデリケートな作品を保護するために展示室内は暗く,全体は暗いながらも作品だけは多少明るめにするようなコントラストがまったく付いておらず,全ての展示壁面が一様に薄暗いため,更に作品に集中しにくくなっている.その一方で,拡散天井の上部には展示空間に匹敵する巨大な天井裏空間があって,そこには天井(建築)自体を照らし出す照明も付いており,展示壁面と比較すると非常に明るい.その明るい天井が拡散天井の隙間から見えるために明暗の差が大きくなって,より展示壁面が薄暗く感じられる.
もちろんピアノの作品だから,その天井裏にはアーチ状の構造体が露出しており,支持する端部のジョイントに至っては,ご丁寧に両脇の展示壁面の直上に並んでいる.そのディテールが美しいものであればまだよいかもしれないが,あまり魅力的でなく,単に鑑賞の妨げになっている.しかもアーチ状の大空間だけで成立していればまだしも,屋根の一部が土に埋まっているためか,展示室に柱が2本落ちており,それに取り付く梁の形状も最悪.つまり,構造デザイン的にも見るべきものがない.
そして,これは展示の問題だが,最近の流行なのか,展示室は明快な順路を持っていない.吊された展示壁面によって,オープンでありながら囲い込んだ場所を作り出すことで,完全な部屋になっていないながらも,独立した照明環境を持つエリアを作り出すことを意図している.アイディアは理解できるが,この展示室は本当にそれを実現できているのか? または,これが実現されたときに,本当にそれはよい展示空間なんだろうか?(展示室内が撮影禁止だったので,模型写真をアップ.これで少しはバカげた大空間の雰囲気が伝わるだろうか?)
ピアノは,「ポンピドーセンター」において,移動可能な壁面を持ったユニバーサルな展示室を提案したのだが,後年になって,固定された壁面を持った展示室に改修されてしまった.このことは,結果的に(当時の)美術館がニュートラルでミニマルなホワイトキューブを要請していたことを示している.「ポンピドー」のユニバーサルな展示を実現するための仕掛けは,美術作品の鑑賞を妨げるものでだったのだ.そして今回もまた,ピアノは同じ過ちを繰り返しているように思える.
一方で運営面では目を見張るものがあり,クレーが多面的な活躍を行っていたことから,この美術館も多面的な活動を行っている.クレーに関連した展示を行う企画展示室(今回は「Max Beckmann - Traum des Lebens」展)を持つだけでなく,オーディトリウムも併設され,専属のアンサンブルによる音楽や,演劇,舞踊の公演も行われている.また,子ども用のアトリエや展示スペースも充実しており(建築的にも気持ちのよい場所となっている),ワークショップなどが行われている.つまり,この美術館はクレーという過去の作家の作品を保存する役割だけに留まらず,クレーの活動を手本として,現代のさまざまな芸術をサポートする生きた美術館を目指している.その意味では,旅行者としてクレー記念館に訪れるという関わり方では,残念ながらこの美術館の本当の魅力を十分に理解することはできないだろう.
ともかく,クレーのすばらしい作品を見るためだけにでも,この美術館を訪れる価値があるだろうし,何らかのイベントが行われているときに来ることができれば,展示だけに留まらない美術館の多面的な活動を理解することができるだろう.

美術 | Posted by satohshinya at May 17, 2006 10:32


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