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Pina Bausch

『ネフェス』Nefes(呼気)
ピナ・バウシュ率いるヴッパタール舞踊団(Tanztheater Wuppertal)による,2003年にイスタンブールで制作された作品.

昨年のパリ公演の様子レビュー
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recommendation | Posted by satohshinya at February 24, 2005 23:33 | Comments (1) | TrackBack (0)

遠藤利克

遠藤利克展「空洞説」/VOIDNESS
《6年振りにSCAI THE BATHHOUSEでの個展を開催.鉄や木を使用した,空間を埋め尽くすかのような巨大彫刻を中心に,すべて新作で構成されます.》

recommendation | Posted by satohshinya at February 20, 2005 12:23 | Comments (4) | TrackBack (0)

近代美術におけるキュレーションによる妙

「痕跡 戦後美術における身体と思考」(東京国立近代美術館)を見た.ほとんど期待せずに見に行ったのだが,なかなかの好企画.「痕跡としての美術」をテーマに国内外60人による120点が,表面,行為,身体,物質,破壊,転写,時間,思考の8つのセクションに分けて展示されている.展示の最初に断り書きがあるとおり,そのセクションの分類は厳密なものではなく,どのセクションに分類されてもおかしくないもの.それに伴い展示構成も,順路らしきものがあるようだが,こちらもやはり明解には分割されていない.近美の企画展示室はあまり好きではなかったが,やはりテーマに沿ってしっかりとキュレーションされた展示は見応えがある.しかも1点ごとに解説が付されている力の入れようで(カタログにも掲載されている),閉館1時間前から見始めたのだが,もう少し時間が必要なほどの濃い内容であった.もちろん50年代から70年代後半の作品によって構成されているため,いわゆる(コンテンポラリーアートではないという意味で)近代美術(絵画)がほとんどで,インスタレーションのように空間を作品化したものではなく,この天井高の低い展示室でも十分に対応できている.むしろ仮設壁によるルーズな分割は,久しぶりに良質な近代美術館の企画展示室を見たように思う.ホワイトキューブが全盛となる前は,どの美術館もこんな感じだった.
更によかったのは,作品の半数以上が日本の公立美術館より集めていること.海外のコレクションをそのまま持ち込む展示は多いが,これだけ丁寧に作品を集め,あまり実物を見たことのない作品も多く展示されており,その意味でも,これらの時代の美術を知るにはよい企画.

美術 | Posted by satohshinya at February 18, 2005 23:44 | TrackBack (0)

同時代の作家

阿部和重氏が『グランド・フィナーレ』芥川賞を獲った.毎回「文藝春秋」では芥川賞受賞作が全文掲載されているのだが,金原ひとみ氏,綿矢りさ氏が受賞した時には増刷を重ねて120万部近く売れていて,それに気をよくしたのか今回の受賞作掲載号では阿部氏のほぼ全身写真入りの全面広告が「朝日新聞」に掲載されていた.笑った.それはともかく,阿部氏とは生まれた年が同じであることもあって,同世代の作家として注目してきた.
受賞作である『グランド・フィナーレ』をまだ読んでいない.同じ神町という場所を舞台とした長編『シンセミア』をまだ読んでいないので,それの後に読もうと思っている.ちなみに,これら神町を舞台とした作品を「神町フォークロア」と呼ぶらしい.というわけで,芥川賞の話題.
阿部氏はようやく芥川賞を受賞したわけだが,本当に今更ながらという気がしている.『シンセミア』を書いた後の受賞なんて,中上健次氏に例えると,『枯木灘』を書いた後に『千年の愉楽』のどれかでようやく受賞するようなもの.そう考えると,中上氏は『岬』で受賞したわけだから,阿部氏も『シンセミア』より前の『ニッポニアニッポン』辺りで本当は受賞すべきだったのかもしれない.などというのは,ほとんど意味のない例え話.
阿部作品の中では,個人的には短編集『無情の世界』がお薦め.『ニッポニアニッポン』もまあまあ.『インディヴィジュアル・プロジェクション』は,読む前に少し期待が大きすぎたためにあまりよい印象がないのだが,阿部氏の代表作.文庫解説は東浩紀氏が書いている.ちなみに,こちらは東氏との鼎談.
芥川賞の話に戻す.芥川賞受賞といっても,1年間の内に上半期と下半期があって,1半期で2人受賞する可能性もあるため,1年で最大4人の受賞者,10年だと40人の受賞者が出る可能性がある.結構な量だ.例えば,この10年(1995〜2004年)で芥川賞を受賞した人たち.
保坂和志,又吉栄喜,川上弘美,辻仁成,柳美里,目取真俊,花村萬月,藤沢周,平野啓一郎,玄月,藤野千夜,町田康,松浦寿輝,青来有一,堀江敏幸,玄侑宗久,長嶋有,吉田修一,大道珠貴,吉村萬壱,金原ひとみ,綿矢りさ,モブ・ノリオ,阿部和重の24氏.この中で読んだことがあるのは柳,平野,阿部の3氏くらい.もう既に馴染みのない名前もある.
次の10年(1985〜1994年)はこんな感じ.
米谷ふみ子,村田喜代子,池澤夏樹,三浦清宏,新井満,南木佳士,李良枝,大岡玲,瀧澤美恵子,辻原登,小川洋子,辺見庸,荻野アンナ,松村栄子,藤原智美,多和田葉子,吉目木晴彦,奥泉光,室井光広,笙野頼子の20氏.池澤,大岡の2氏くらいしか読んだことがない.
更に次の10年(1975〜1984年).
三木卓,野呂邦暢,森敦,日野啓三,阪田寛夫,林京子,中上健次,岡松和夫,村上龍,三田誠広,池田満寿夫,宮本輝,高城修三,高橋揆一郎,高橋三千綱,重兼芳子,青野聰,森禮子,尾辻克彦,吉行理恵,加藤幸子,唐十郎,笠原淳,高樹のぶ子,木崎さと子の25氏.ここまで来ると大御所も混ざってくるが,読んだことがあるのは日野,中上,村上,宮本,尾辻の5氏くらい.
今回の阿部氏受賞に際して,審査員からは「村上春樹や島田雅彦に受賞させなかった失敗を繰り返さない」というような理由で受賞を決めたとかなんとかいう話があった.どうでもよい話だが,確かに村上春樹氏も島田雅彦氏も,ついでに高橋源一郎氏も受賞していない.これだけの数の受賞者がいながら,この3人は受賞できなかった.
村上春樹氏は2回候補になった.1979年上『風の歌を聴け』と1980年上『1973年のピンボール』
島田雅彦氏は,自ら「朝日新聞」の文芸月評で阿部氏受賞の話題に触れて未練がましいことを書いていたが,6回も候補になっている.1983年上『優しいサヨクのための嬉遊曲』,1983年下『亡命旅行者は叫び呟く』,1984年上『夢遊王国のための音楽』,1985年上『僕は模造人間』,1986年上『ドンナ・アンナ』,1986年下『未確認尾行物体』.確かにどれで受賞してもおかしくないような作品ばかり.
高橋源一郎氏に至っては,候補にもなっていない.
ちなみに阿部氏は過去3回候補になり,4回目で受賞.候補作は1994年上『アメリカの夜』,1997年下『トライアングルズ』,2001年上『ニッポニアニッポン』.
おまけに中上氏も4回目で受賞.候補は1973年上『十九歳の地図』,1974年下『鳩どもの家』,1975年上『浄徳寺ツアー』,1975年下『岬』で受賞.
要するに,これを機会に同時代の作家によるこれらの作品をぜひ読んでほしいということ.

| Posted by satohshinya at February 13, 2005 6:41 | Comments (7) | TrackBack (1)

おたくの原風景

先日ヴェネチアに行ったが,その1週間後にヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展が始まった.今回の日本館のテーマは「おたく:人格=空間=都市」.コミッショナーは森川嘉一郎氏『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』の著者として知られる建築の研究者である.今回の展示は,「波状言論」05号,06号に,森川氏自身により詳細に紹介されており,大変に期待していたが,残念ながらタイミングが合わずに実際に見ることはできなかった.
展示の内容については,公式ホームページに詳しくあるので,ここには書かないが,その構成は細部に亘ってていねいに考えられており,森川氏のコンセプトを読む限りは,非常に興味深い展示になるはずだった.しかし,現時点ではあまりよい評判を聞くことはなく,むしろ展示部門の金獅子賞を受賞したSANAAの『金沢21世紀美術館』の話題が大きく取り上げられている.
過去3回のビエンナーレ日本館は,磯崎新氏をコミッショナーを務めており,1996年は阪神・淡路大震災から「亀裂」をテーマにして,宮本佳明氏が瓦礫を持ち込み,宮本隆司氏が写真を展示した.その際に石山修武氏も展示を行っており,森川氏は石山研の学生として関わっていたらしい.2000年には「少女都市」をテーマにして,できやよい氏の作品や妹島和世氏の展示構成,2002年には「漢字文化圏における建築言語の生成」をテーマに岡崎乾二郎氏の展示構成によって開催されてきた.「亀裂」では「金獅子賞」を受賞しているが,個人的には「漢字」が,岡崎氏の作品の延長として興味深いものであったのだが,残念ながらあまり話題にはならなかった.今回の「おたく」も,そのような末路を辿りそうな気がする.
そのカタログ『OTAKU』(幻冬舎)が輸入版として発売されたので読んでみた.これには,展示の核の1つである海洋堂のオリジナルフィギュア(新横浜ありなという美少女フィギュア)までオマケに付いている本格的なものだった.ここで書こうと思ったことは,実はビエンナーレ自身のことではなく,カタログの最初に掲載されている1枚の写真についてだった.
カタログの最初に(もちろん展示の最初にも)おたく空間を説明するために,宮崎勤被告の部屋の写真が使われている.1つの驚きは,このおたく空間が世に知られた最初のイメージが,彼の部屋であったという事実に気が付かされたことだった.よく考えてみると,当時おたくと呼べるような友人も何人かいたが,彼らの部屋を見たことがあるわけでもなかった.しかし,おたくの部屋はこのようなものだとイメージを持っていたことが,実は宮崎被告の部屋(おそらく,当時のニュースなどで繰り返し流されていたのだろうと思う)に端を発していたことに気付かされた.
もう1つの驚きというか,これは心配でもあるのだが,もちろんこのカタログにはイタリア語訳と英訳が付けられており,その写真キャプションの英訳には,「The room of TSUTOMU MIYAZAKI」と書かれ,その註釈として,参加作家の1人である斎藤環氏による「おたくのセクシュアリティ」という文章中に,「TSUTOMU MIYAZAKI for the serial murders of young girls」と書かれている.しかし,「young girls」だけでは,あの犯罪の特異なニュアンスは伝わらないだろう.宮崎被告が犯罪者として国際的にどのくらい知名度があるのか知らないが,おたくではない人たちにとっては,その背景を詳細に知る日本人と,そうではない海外の人たちの,おたく空間の原風景とも呼べるこの写真から受け取る印象は大きく異なるだろう.これは冗談だが,展示場所がヴェネチアだけに,このMIYAZAKIの部屋が,HAYAO MIYAZAKI氏の部屋と勘違いされないことを期待する.

このエントリは書いている途中で放置していたのだが,東京都写真美術館で日本展が開催されるとのことで,中途半端なまま公開する.実際に展示を見た後で,続きを書くかもしれない.
その他,森川氏インタビュー美術評論家暮沢剛巳氏の開催前のレビューなど.

建築 | Posted by satohshinya at February 10, 2005 7:17 | Comments (3) | TrackBack (3)