スーパーフラットな構造

妹島和世さん設計の『梅林の家』を雑誌で見た.この住宅では,構造体でもある全ての壁が,16ミリの鉄板でつくられている.雑誌に掲載されている図面を見ると,壁はほとんどシングルラインのように見える.ちなみに,1/150の図面では,約0.11ミリ.構造は佐々木睦朗さん.
僕たちが学生の頃,それも妹島さんの影響が大きかったと思うが,グラフィカルに表現されたシングルラインの図面が流行っていた.「実際の建築物は厚みのあるものだ」と怒られたものだった.事実,その時点では,実際に厚みがなければならないものを,抽象的な表現として(時には,ダブルラインで描く手間を省いた手抜きな表現として)シングルラインを用いていた.しかし,妹島さんはこの住宅で,あるバランスの中で,物理的にシングルラインで表現することのできる建築を完成させた.しかも,構造的な技術を用いることで.
もちろん,建築物の厚さは構造体のみで決まるわけではなく,断熱材や仕上げによるところも大きい.この住宅では,これらの問題を断熱塗料を塗ることで解決しているらしい.塗装なので,厚さは限りなく0(ゼロ)であるし,そのまま仕上げにもなるだろう.この点についてもやはり,技術的な方法で解決を図っている.しかし,この塗装の性能がどのくらいのもので,ヒートブリッジ,つまり外部に面する壁が,内部の壁や床に直接溶接されているため,外壁が冷えると,そのまま間仕切り壁が冷えて結露を起こすという問題に対し,どの程度防止できているのかはわからない.もちろん,個人住宅であれば,クライアントがOKと言うのであれば,どのような性能であってもかまわないという話も一理ある.(事実,僕自身の設計した『湯島もみじ』は,結露どころかスキマがあちこちにあったりする.)とにかく,技術的な興味として,『梅林の家』の断熱性能がどのようなものであるかは興味深いところである.
何れにしても,その結果に得られた,特に内部空間の,手前の部屋と,16ミリの鉄板に開けられた開口部越しに見える隣の部屋が同時に見える風景は,確かに不思議なものがある.もちろん,ここでもまた,部屋と部屋との間に建具を取り付けなくてよいという,クライアント自身の要求によるところが大きいかもしれない.(現実には,音や匂い,空気があらゆるところに廻ってゆくのだろう.もちろん,ワンルームの要求を,一繋がりのいくつもの小部屋によるプランニングで解決していることが,この住宅の主題なのかもしれないが,この文章の主題はそこにはない.)いくら壁を薄くつくったとしても,その薄さを示す断面が見えなければ,知覚することもできないかもしれない.
この住宅は,構造計算上は12ミリの鉄板でも保たせることができたそうだ.しかし,施工上の溶接による歪みなどが問題になって,16ミリの鉄板を使っている.「新建築」2004年3月号のインタビューで,妹島さんが厚さについて語っている.現在設計中の,オランダに建つ『スタッドシアター』の壁の厚さは80ミリだが,建築自体が大きいため,図面上のバランスでは,やはりシングルラインに見える.この規模で80ミリの壁というのは,かなり薄い.ちなみに,1/1000の図面では,約0.08ミリ.『梅林の家』よりも相対的に薄い.それでも妹島さんは,〈実際に自分の体の前に80mmという寸法が出てきたときには,プロポーションとか関係性でない絶対的な厚みが出てくると思う〉と語る.
友人の構造家の多田脩二と,この住宅の話になったとき,「そんなに薄い壁がいいならば,天井から吊れば,いくらでも薄い鉄板でできるだろう」と言われた.そりゃそうだ.その壁が主体構造でないのであれば,1ミリくらいのペラペラな間仕切りだってつくれるかもしれない.
そうだとしたら,何が重要なのだろうか? 壁が薄いことか? 壁が構造体であるかどうかということか? 薄い壁が構造体となっていることだろうか? 次に考えるべきことは,ここら辺にある思う.

建築 | Posted by satohshinya at June 12, 2004 22:35


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» 梅林の家 from simon
Excerpt: 梅林の家について考えたこと。 ・ヒエラルキーが住まい手によって移動可能な、選択できる自由さを獲得している。 ・小さなということに対して、適切な大きさを鉄板の薄さでつなぐということで、回答している。 ただ、掃除しにくそうな、というイメージからくる枠のような†...

Tracked: September 7, 2004 4:23 AM




Comments

「TOTO通信」2004年秋号で,藤森照信さんの連載「原・現代住宅再見」に『梅林の家』が取り上げられている.必読.東孝光さんの『塔の家』と安藤忠雄さんの『住吉の長屋』と並ぶ,戦後住宅史に影響を与える作品とのこと.《ただし,音と温度の問題をクリアする必要があるが.》とのこと.「TOTO通信」にはオンライン版もあります.こちらは前号.

Posted by shinya at October 6, 2004 5:56 PM