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10年代へ向けて

00年代は、島宇宙化がすすむポストモダンの世界である。その世界でネットは、人や人、人や情報をつなぐツール(もしくはそれ以上の結果をもたらす)として期待されていた。しかし、今のところ、弱い関係性をログし、(SNSで、同級生を見つけるといった行為に代表されるように)つなぎとめる程度で留まっている。より小さな島宇宙の増殖と流動化の促進(ブログ→SNS→twitterのような移動)ばかりが強化されてきたと言える。つながりの顕在化どころでなく、ダイナミズムがより見えずらくなっている。従来は批評がその担い手であったが、今や機能していない。従来の仕組みが破綻し、新しい流れが良く分からない過渡期にある。この閉塞感を打破すべく思想地図は企画された。ダイナミズム(イデオロギー)は批評の対象であったが、それが無い。批評するものが無いことを逆手にとり、社会を規定する設計(アーキテクチャ)へ批評をシフトさせ、島宇宙を連結せよ!との宣言。この仮説、大いに賛成である。
この企画に派生するかたちで、情報と建築の設計者の対談があった。濱野氏は僕と一つしか変わらない。同世代が主張する話はぜひ聞きたいと思っていた。2日前に(あずまんらしからぬやさしさにあふれた?)公開質問状もアップされていたことも後押しし、予約していなかったが、行って来た。なんとなく恥じらいのある、お互いに混じり合う一歩手前のような、初々しさが印象的な対談でした。
対談の中身の前に、まず前置きをさせて欲しいのです。「僕ら」と言ってしまってなんだ世代論かと、簡単に回収されてはまずいのですが、なにか今までにない共振が僕の中にはあった。小学1年のときにバブルが崩壊したらしい、ガンダムやエヴァも流行っていたらしい。つまり、世界や文化の桃源郷はことごとく後追いであって、江戸時代もポストモダンも一つのリファレンスでしかないという揺るがしようのない地点が僕の中にある。つまり同時代性の中に潜んでるでいるであろう勃興感や、連帯感を味わったことが無い。建築で言えば、学生になった時点でポストモダンが、脱構築や再解釈から、透明やフラットへ既にシフトした後であり、今だに透明とフラットが最前線のような雰囲気であることも創世を知らぬまま、過渡期だけを浴びるしかなかったと言える。しかし、つまらない世代間論争で終わらないためにも、僕らの弱い身体性を暖かく見守ってくれなんて言いません。
大胆な仮説を打ちたて、ダイナミズムを描き出そうぜ!というのが10年代のテーマだと思っている。この無根拠の主張はどこから? はったりの可能性もある。しかし、同時代性の中にある勃興を知らないことを良いことに何事にもオプティミスティックな態度でいられること、すなわち、今までの理想をトレースするという無意識的なしがらみが無いという空気が、対談の中で確認できたのは収穫だった。(赤の女王とお茶を|日本は21世紀、とんでもなく重要な役割を担いうるよという無根拠に近い自信に溢れたエントリーも、僕にとってはそーだよなという感じなのだ。) 
対談は、思想地図読者向けに藤村氏を紹介するという文脈だった(文字通りの思想地図の派生を期待していたので、その点で心残りではあった)。対談の始め藤村氏がスライドで持論である超線形設計プロセスについて説明。その中でBUILDIN Kが登場、一切色仕掛けは無く、独り言を繰り返す建築家たちへの批評がそのまま物として立ち上がっている。方法論がそのまま出来上がったような印象。藤村氏の主張は、植木鉢とかふにゃふにゃスケッチのようにビジュアルの劣化コピーではなく、プロセスの二次利用を呼び起こしたい、ということだった。その後の濱野氏とのやりとりで気になった点をいくつか。藤村氏曰く、メディアテークの影響で情報空間には原っぱを用意すれば良いという勘違いがおきてる。古谷さんの案の方が今見れば評価出来る。藤村氏の方法論は政治的状況下や、もっと大きな経済の下でも可能で、CCTVのようなものにも応える事ができるとまで。濱野氏曰く、Googleの検索アルゴリズムはクリックと貼りつけたリンクという行為=人である。藤村さん自身も設計プロセスや教育作法のアルゴリズムになっている点が面白いという指摘。プロセスをジャンプしないために模型があって、あらゆるプロセスには模型的なものがあるといいかもしれない。
藤村氏の主張している超線形設計プロセスは「超」のところが大事であって、線形プロセスだけでは、平均点を底上げする事にしかならないのではないか。「超」の部分は、悪く言うならば東工大的アナクロニズムによってカモフラージュされていて、表現の主張を隠蔽するための方法論ともとれなくない。建築の表現が批評に耐えられていないという、各所の指摘にどのように応えていくのか楽しみだ。設計を詰めるプロセスは超線形だけでなく、他にもあるわけで(藤村氏自身、ユリイカでOMAが非線形をやってのけていることを紹介)、プロセスの二次利用がダイナミズムを生み出すという発想は、今のままでは定着しずらそうだ。または、藤村氏自身「超」の部分のダイナミズムはもう起こりえないと仮定してるのだろうか。逆説的ではあるものの、表現の島宇宙化は避けられないので、プロセスの共有をということなのか?
磯崎さんのうねうねは、アルゴリズムは見た事のない奇妙を作れるというところで止まっているという話題も出ていた。アルゴリズムは、結果を自動生成するだけであり、アルゴリズムを設計するのは人であり、その設計者の意志が人や社会をどのように誘導していくのかとうい姿勢を、問いただす時期にきている。また、つぶやき(設計のスタディ)を集積できるようになったのは、ログの蓄積にかかるコストや労力が以前のような本を出版する(手書きの図面)といった行為に比べ、圧倒的に少なくなったという技術の進化によって支えられており、これは00年代の成果である。
自分の設計は、何を試み、どこへ接続しようとしているのか。その道筋を主張しながら、思考をとめることなく試みが普遍化されるまで、注意深く前進し、じっとその試みが飛躍するタイミングを見計る、この態度は今までとは変わらないが、そこにログを蓄積し続けるということが加わり、何を生み出すのか考えてみたいと思った。

建築 | Posted by at July 2, 2009 2:06