メディアアート/美術館/展示構成

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ZKM正面

メディアアートを知っていますか?
それは絵画や彫刻と同じ美術の1ジャンルで、コンピュータやビデオなどのテクノロジーを用いた芸術表現です。最近では一般の美術館でも映像を用いた現代美術を見ることがあると思いますが、そんなメディアアートを専門に扱う数少ない美術館がZKMです。昨年の4月から1年間の予定で、海外派遣研究員としてカールスルーエのZKMに滞在しています。帰国する3月まで数ヶ月を残していますが、途中報告としてこの美術館の紹介を行いたいと思います。

ZKMの正式名称はZentrum für Kunst und Medientechnologieといい、アートとメディアテクノロジーのためのセンターという意味を持っています。メディアアートだけでなく現代美術や現代音楽などの部門も持ち、単なる美術館の活動に留まらないさまざまな新しい芸術表現について、研究、制作、公開を行っています。カールスルーエ市はドイツ南西のバーデン=ヴュルテンベルク州に位置し、城を中心に放射状の道路が拡がる18世紀に作られた都市計画が特徴です。城の正面にはStrassenbahn(シュトラッセンバーン)と呼ばれる路面電車の往来する街が拡がり、背後には美しく大きな庭園に続いて深い森が拡がっています。

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エントランスホール

なぜ美術館に滞在しているのか?
ZKMではMedienmuseum(メディアミュージアム)という部門に所属しています。ここはメディアアートのすばらしいコレクションを所蔵し、その名作の一部を常設展示として公開するとともに、年に数回の企画展示を行っています。美術館では、どのような作品を並べるか、どのような順序で見せるのか、といった展示作品の編集作業により、作品そのものの受け取られ方が変化します。また、展示空間によっても、作品がよく見えたり、そうでなかったりすることがあります。展覧会のコンセプトを考え、それを元に編集作業を行うのが学芸員の役割で、学芸員とともに展示空間のデザインを考える役割を、ドイツ語ではAusstellungsarchitektur、日本語では展示構成と呼んでいます。
ドイツの美術館の多くは企画展示用の大きな展示室を持ち、展覧会の内容に合わせた空間を作り出すために、巨大な展示壁が毎回作り替えられます。ZKMでは基本的に厚さ90センチと60センチ、高さ3.7メートルの展示壁を用いています。それはアルミフレームに木製板を貼り、ペンキを塗って仕上げられます。重量のある作品を展示する場合もあるため非常に頑丈に作られており、その設営はインテリア工事と呼べるほど大掛かりな作業で、ドイツ語で展示(=Ausstellung)建築という言葉が用いられている理由がよくわかります。そして、それを設計するためのデザイナーとして、空間をデザインする専門家である建築家が必要とされる場合があって、幸運にもZKMで展示構成を担当させてもらえることになりました。こうして、今回の研究テーマが現代アートのための文化施設であったことから、ZKMで実際の展覧会に関わる活動を行うとともに、ドイツ国内や隣国にある美術館を見て回ることを海外派遣の目的としました。

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メディアミュージアム

その美術館はどのような建物か?
ZKMは1918年に作られた兵器工場であった建物の中に入っています。全長は312メートルに渡り、10箇所の同じ形のアトリウム(ガラス屋根の大きな吹き抜け空間)を持つ長大な建物で、その半分をZKM、残りをカールスルーエ造形大学と市立ギャラリーが使っています。ここに限らず多くの美術館が、異なった目的のために建てられた建物を再利用しています。有名なパリのオルセー美術館は元駅舎であったし、それ以外にも元住宅、元宮殿、元銀行といった美術館が数多くあります。これにはいろいろと理由が考えられるのですが、作品が展示可能な大きさの空間さえあれば美術館となってしまうということかもしれません。また、特に現代美術では場所に合わせて作品を展示することが多いため、歴史的な背景を持つ年代を経た建物の方が、作品と展示空間に複雑な関係を生み出すことができるのかもしれません。
ZKMは当初、コンペ(設計競技)によって選ばれたレム・コールハースの案を新築することになっていましたが、経済的な理由などによって中止となり、現在の建物を再利用することになりました。その経緯からすると、メディアアートのための展示空間に歴史的建造物が必ずしもふさわしいわけではなかったかもしれません。結局、ペーター・シュヴィーガーにより改修が行われ、ランドスケープデザインをディーター・キーナストが行って、現在のZKMが完成しました。

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キーナストによる島状のランドスケープ

どのような展示が行われているのか?
メディアミュージアムに展示されているメディアアートは、コンピュータなどを用いることで、観客と作品の間にインタラクティブ(相互作用)な関係をつくり出すものが多くあります。その中で最も人気のある作品の1つに、古川聖さんとウォルフガング・ミュンヒによる『しゃぼんだま(Bubbles)』(2000年)があります。古川さんは作曲家で、東京藝術大学助教授であるとともに、ZKMのアーティスト・イン・レジデンス(施設に滞在して作品制作を行う)で活動しており、今回ZKMを紹介していただいた恩人でもあります。この作品は、上方から落ちてくるシャボン玉の映像がビデオプロジェクタにより映し出され、スクリーンの前に立つ自分の影がシャボン玉に触れると音とともにはね返るという単純なものです。しかし、その単純さ故か、子どもから大人まで多くの人たちに楽しまれていて、単に作品を一方的に鑑賞するだけでなく、観客自身が作品に参加することができるメディアアートの特質を見事に現しています。

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『しゃぼんだま』W. ミュンヒ+古川聖

展示構成の活動としては、「Interconnect@ between attention and immersion」と題されたブラジルのメディアアートを集めた展覧会を担当しました。セルジオ・モッタ賞の受賞作と候補作から12作品が選ばれ、そのための展示空間が必要となりました。メディアアートの場合、ビデオプロジェクタを用いた作品が多く、画面を鮮明に映し出すために展示室内を暗くしなければなりません。今までの美術館が絵画や彫刻の鑑賞にふさわしい明るさ(照明)を確保することが重要であったのに対し、メディアアートの展示室は暗さが重要です。音を発する作品も多く、隣り合った作品同士の音が混ざり合わない工夫も必要になります。そのため、多くの作品が独立した部屋を必要とし、限られた展示室に多くの小部屋を作らなければなりませんでした。このようにメディアアートのための展示空間は、これまでの美術館の展示室とは大きく異なり、これらにふさわしい建築空間を考えることが今後の課題の1つであると思います。

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ブラジルのメディアアート展

最近の活動としては、12月から開催されている「マインドフレーム(MindFrames)」展の展示構成を行いました。これはメディアアートの代表的な作家であるステイナ+ウッディ・ヴァスルカ夫妻を中心とした展覧会で、メディアミュージアムの地上階を全面的に使った大規模なものです。ZKMに滞在しているヴァスルカ夫妻や学芸員と話し合いながら、従来の美術館の展示室とは異なる8つの部屋をデザインしました。これについてはまた別の機会に、訪問した他の美術館とともに紹介することができればと思います。

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「マインドフレーム」展設営中

「駿建」2007年1月号)

美術 | Posted by satohshinya at July 10, 2007 21:29


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