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追悼 野沢尚 連続ドラマ編

脚本家の野沢尚さんが自殺した.僕がテレビドラマを見る場合,ほとんどが脚本家で選ぶことになる.よく考えると,彼の書いたドラマはほとんど見ているように思う.死んでからこんなことを書くのも何だけれど,彼の作品を紹介してみる.
元々は映画の脚本家であった.僕が見た映画は,1989年の『その男,凶暴につき』(監督:北野武)『ラッフルズホテル』(監督:村上龍)くらい.『ラッフルズホテル』は東京国際映画祭で上映されたのだが,それを見たときに客席に野沢さんを見かけたのを覚えている.1990年から95年頃までには,「シナリオ」という雑誌にエッセイを連載していて(『映画館に,日本映画があった頃』という本にまとまっているらしい),毎月おもしろく読んでいた.
1992年に初めての連続ドラマ『親愛なる者へ』を書く.浅野ゆう子,柳葉敏郎,佐藤浩市が主演,主題歌は中島みゆき『浅い眠り』.中島みゆきはゲスト出演もしていた.続いて93年が『素晴らしきかな人生』.浅野温子,織田裕二,佐藤浩市,富田靖子が主演,主題歌は井上陽水『Make-up Shadow』.デビューしたばかりのともさかりえも出演.94年が『この愛に生きて』.安田成美,岸谷五朗が主演,主題歌は橘いずみ『永遠のパズル』.このドラマはあまり記憶がないのだけれど,とにかく悲惨な話だった印象がある.ここまでが夫婦純愛三部作と言われるもの.どれも今までのドラマとは違うものを書こうという意欲は感じられて,それなりにおもしろかった.
そして,1995年が『恋人よ』.鈴木保奈美,岸谷五朗,鈴木京香,佐藤浩市が主演,主題歌はセリーヌ・ディオンwithクライスラーカンパニー『TO LOVE YOU MORE』.このときには小説を最初に書き,それからドラマのシナリオを書いていた.それだけに全体のバランスがよく,野沢作品のベストだと思う.
1996年『おいしい関係』(主演:中山美穂,唐沢寿明)は途中まで書いて降板というお粗末なもの.97年が『青い鳥』.豊川悦司,夏川結衣,鈴木杏,山田麻衣子が主演.2部構成となっていて,夏川結衣が死ぬまでの前半は最高におもしろかった.この作品で夏川結衣の大ファンになり,これが終わったら興味をなくしてしまったくらい.98年が『眠れる森』.中山美穂,木村拓哉が主演.話題になったが,映像を堂々と使ってミス・リーディングさせる手口に辟易.これでも江戸川乱歩賞受賞作家か? と思った.99年が『氷の世界』.松島菜々子,竹野内豊.これも最悪.
2000年の『リミット もしも,わが子が…』は,滅茶苦茶な話だったが,結構おもしろかった.安田成美,佐藤浩市,田中美佐子が主演,演出は鶴橋康夫も担当していた.01年が『水曜日の情事』.天海祐紀,本木雅弘,石田ひかりが主演.まあ普通.02年が『眠れぬ夜を抱いて』.財前直見,仲村トオルが主演.実はこれ,途中で見るのをやめてしまった.しかし,結局これが最後の連続ドラマとなった.(続く)

TV | Posted by satohshinya at June 30, 2004 8:08 | TrackBack (1)

力の隠蔽

山本理顕さん設計の『東京ウェルズテクニカルセンター』の話.構造は佐々木睦朗さん.この建築は,4.2メートルグリッドの,ブレースが存在しないフレーム構造であるのだが,ちょっとした工夫がされている.全ての柱は200ミリ角の鋼管柱で統一されているのだが,一部にキャンティレヴァー(片持ち梁)部分があるため,柱の負担する鉛直荷重が異なる.それを解決する方法として,200ミリ角という外形はそのままに,一般部は厚さ16ミリの鋼管でありながら,キャンティレヴァー部のみ厚さ25ミリの鋼管を使用している.
モダニズムの建築では,力の強弱は視覚化されるべきものだった.当然,ある高さを持つ建築の場合,上階にいくほど負担する鉛直荷重が少なくなるため,柱は細くてもよいことになる.そこで,上階に向かうほど柱が細くなっていくことを,外部から視覚化することが表現となった.ルイス・カーンの『エクセター図書館』,村野藤吾の『横浜市庁舎』などが,その例である.
それに対し,この建築では,力の強弱は視覚化されることなく隠蔽されている.実際の建物を見ていないので何とも言えないが,おそらく柱の肉厚の違いは,外から見てもわからないだろう.そうだとすると,これもまたモダンというよりは,ポストモダンな構造かもしれない.

建築 | Posted by satohshinya at June 23, 2004 8:01 | TrackBack (0)

1000000万人のキャンドルナイト

「1000000万人のキャンドルナイト」が19,20,夏至の21日に行われます.20時から22時まで,電気を消して,ロウソクの灯りで過ごしてみてください.

イベント | Posted by satohshinya at June 20, 2004 10:56 | TrackBack (1)

偽物の本物

「スターウォーズ サイエンス・アンド・アート」国立科学博物館)を見た.小学校5年生で見た『スターウォーズ(エピソード4 新たなる希望)』(そして,同年に見た『未知との遭遇』)は,僕にとって原体験とも言える映画で,大きな影響を受けてきた.そんなスターウォーズ・サーガの撮影で使用された,様々な本物が展示されているということで,京都国立博物館で展示が開始された頃から大変楽しみにしていた.『エピソード5 帝国の逆襲』『エピソード6 ジェダイの帰還』までは,文字通り実際に映画に登場する模型などが展示されている.それに対し,特殊視覚効果の技術的な進歩が背景にあって,『エピソード1 ファントム・メナス』『エピソード2 クローンの攻撃』の展示では,衣装や実物大の乗物を除けば,模型の大半が実際の映画では使われていない参考のためにつくられたものであり,使われていたとしてもCGによって処理されているため,どちらかというと撮影の素材という感じであった.
それでは,『エピソード4〜6』の本物の展示が感動的なものであったかというと,思ったほどではなかった.展示の内容に不満があったわけではないのだが,結局,これらの展示は本物であるかもしれないが,僕にとっての本物ではなかった.いくら撮影に使われた本物のミレニアム・ファルコンが目の前にあったとしても,映画の中で飛行しているミレニアム・ファルコンが僕にとっての本物であって,今回の展示物は偽物のようにすら見えた(ちょっと極端だけど).
オマケに書くと,僕にとっての(フィルムで撮影されている)映画は,映画館のスクリーンで見るものが本物であって,ビデオで見ることは偽物を見ているようなものだと思っている(これも極端だけど).少なくとも,別のものだとは思う.更にオマケに,『エピソード2』はフィルムを全く使っておらず,全てデジタルビデオで撮影された.日本でも数カ所ではデジタル上映が行われたが,僕はフィルム上映しか見ていない.それでは本物を見ていないのではないか,という話もあるが,どうなんでしょうか?

『エピソード4〜6』のDVDが,ようやく9月23日に発売される.もちろん1996〜97年に公開された特別篇のDVD化である.『エピソード3』は来年7月(全米は5月19日)公開予定.本来は9部作と言われていたが,現在では6部作と修正されているため,最後のエピソードとなる.

エピソード3のタイトルが決定した.『Revenge of the Sith』.日本では『シスの復讐』ということになるのだろう.エピソード6は,当初は『Revenge of the Jedi』というタイトルで,日本では『ジェダイの復讐』だったのだが,故あって上映前に『Return of the Jedi』に変更になった.日本タイトルは変更にならなかったが,9月のDVD化から,『ジェダイの帰還』に変更になるという.つまり,エピソード3との関係で今更ながら変更になるということらしい.(04.07.28.追記)

映画 | Posted by satohshinya at June 20, 2004 10:45 | TrackBack (0)

スーパーフラットな構造

妹島和世さん設計の『梅林の家』を雑誌で見た.この住宅では,構造体でもある全ての壁が,16ミリの鉄板でつくられている.雑誌に掲載されている図面を見ると,壁はほとんどシングルラインのように見える.ちなみに,1/150の図面では,約0.11ミリ.構造は佐々木睦朗さん.
僕たちが学生の頃,それも妹島さんの影響が大きかったと思うが,グラフィカルに表現されたシングルラインの図面が流行っていた.「実際の建築物は厚みのあるものだ」と怒られたものだった.事実,その時点では,実際に厚みがなければならないものを,抽象的な表現として(時には,ダブルラインで描く手間を省いた手抜きな表現として)シングルラインを用いていた.しかし,妹島さんはこの住宅で,あるバランスの中で,物理的にシングルラインで表現することのできる建築を完成させた.しかも,構造的な技術を用いることで.
もちろん,建築物の厚さは構造体のみで決まるわけではなく,断熱材や仕上げによるところも大きい.この住宅では,これらの問題を断熱塗料を塗ることで解決しているらしい.塗装なので,厚さは限りなく0(ゼロ)であるし,そのまま仕上げにもなるだろう.この点についてもやはり,技術的な方法で解決を図っている.しかし,この塗装の性能がどのくらいのもので,ヒートブリッジ,つまり外部に面する壁が,内部の壁や床に直接溶接されているため,外壁が冷えると,そのまま間仕切り壁が冷えて結露を起こすという問題に対し,どの程度防止できているのかはわからない.もちろん,個人住宅であれば,クライアントがOKと言うのであれば,どのような性能であってもかまわないという話も一理ある.(事実,僕自身の設計した『湯島もみじ』は,結露どころかスキマがあちこちにあったりする.)とにかく,技術的な興味として,『梅林の家』の断熱性能がどのようなものであるかは興味深いところである.
何れにしても,その結果に得られた,特に内部空間の,手前の部屋と,16ミリの鉄板に開けられた開口部越しに見える隣の部屋が同時に見える風景は,確かに不思議なものがある.もちろん,ここでもまた,部屋と部屋との間に建具を取り付けなくてよいという,クライアント自身の要求によるところが大きいかもしれない.(現実には,音や匂い,空気があらゆるところに廻ってゆくのだろう.もちろん,ワンルームの要求を,一繋がりのいくつもの小部屋によるプランニングで解決していることが,この住宅の主題なのかもしれないが,この文章の主題はそこにはない.)いくら壁を薄くつくったとしても,その薄さを示す断面が見えなければ,知覚することもできないかもしれない.
この住宅は,構造計算上は12ミリの鉄板でも保たせることができたそうだ.しかし,施工上の溶接による歪みなどが問題になって,16ミリの鉄板を使っている.「新建築」2004年3月号のインタビューで,妹島さんが厚さについて語っている.現在設計中の,オランダに建つ『スタッドシアター』の壁の厚さは80ミリだが,建築自体が大きいため,図面上のバランスでは,やはりシングルラインに見える.この規模で80ミリの壁というのは,かなり薄い.ちなみに,1/1000の図面では,約0.08ミリ.『梅林の家』よりも相対的に薄い.それでも妹島さんは,〈実際に自分の体の前に80mmという寸法が出てきたときには,プロポーションとか関係性でない絶対的な厚みが出てくると思う〉と語る.
友人の構造家の多田脩二と,この住宅の話になったとき,「そんなに薄い壁がいいならば,天井から吊れば,いくらでも薄い鉄板でできるだろう」と言われた.そりゃそうだ.その壁が主体構造でないのであれば,1ミリくらいのペラペラな間仕切りだってつくれるかもしれない.
そうだとしたら,何が重要なのだろうか? 壁が薄いことか? 壁が構造体であるかどうかということか? 薄い壁が構造体となっていることだろうか? 次に考えるべきことは,ここら辺にある思う.

建築 | Posted by satohshinya at June 12, 2004 22:35 | Comments (1) | TrackBack (1)

近くて遠い日本近代美術

「近代日本洋画の巨匠 黒田清輝展」(新潟県立近代美術館)を見た.有名すぎることもあって,あまり気にして見たことのない作家であったが,「再考:近代日本の絵画 美意識の形成と展開」の第一部(東京藝術大学大学美術館)に出ていたものを見て,ちょっと興味を持っていたところだった.特に今回の個展でおもしろかったのは,構想画(composition)と呼ばれる作品と,そのためのデッサンであった.それらは,『昔がたり』という群像を描いた大きな作品のためのものだが,登場人物は実在のモデルを元に1人ずつデッサンが重ねられ,背景も部分ごとに下図を描き,最終的にそれらが構成(composition)されて1つの作品に仕上げられている.つまり,現実に見た光景を写実的に描いているわけではなく,頭の中に浮かんだ光景を,実際のモデルなどを参考にして組み立てているということだ.おまけに,その完成までの作業に2年ほど掛けているらしい.(更におまけに,『昔がたり』については,多くのデッサンが残されているが,完成作は戦災で消失してしまっている.)近代絵画において,そのような方法が一般的であるのかどうかはよく知らないが,僕にとっては,一目見ると単なる人物画のように見えるものが,実はcompositionという構築的な概念で描かれていることがおもしろかった.その他,同じ構想画の『智・感・情』(こちらはデッサンがなく,完成作しか展示されていない)もよかった.日本の近代美術なんて,あまり身近なものではなかったが,改めておもしろさに触れることができた.
この個展は新潟の美術館で見たのだが,カタログを買ってから分かったことがあった.これらの作品は,上野公園にある黒田記念室に展示されているものの巡回展であったらしい.実は,黒田記念室は我が家から徒歩10分ほどの場所にある.存在は知っていたのだが,1度も行ったことはなかった.そんな身近な作品たちを,わざわざ新潟で見たということもまた,何かの因縁かもしれない.

というわけで,新潟より作品が帰ってきているので,黒田記念室は公開を再開しています.ご興味のある方はぜひ見に行ってください.

美術 | Posted by satohshinya at June 12, 2004 11:51 | TrackBack (0)

美術家に必要な能力

「小林孝宣展 終わらない夏」(目黒区美術館)を見た.ここは,区立の美術館でありながら,時折このような好企画が行われる注目すべき美術館の1つである.小林は,「MOTアニュアル2003  days おだやかな日々」などのグループ展や,年に1度くらい開かれる西村画廊での個展を見ていて,以前から僕の好きな作家の1人であった.美術館での個展は初めてだったので,見たことがない多くの作品を見ることができるだろうと期待していたが,見事に裏切られた.それは,非常に展示点数の少ない個展であった.しかし,作品数が少なかったことを除けば,期待以上の展示でもあった.むしろ点数を減らし,それを効果的に展示することで,作品の魅力を十分に引き出すことに成功している.目黒区美術館は決して好ましい展示空間とは言えず,エントランスホールからそのまま繋がる展示室,多角形の平面と不思議な形状のトップライトを持つ展示室,外部に面した階段から直接繋がる展示室など,全体的にルーズな構成を持つ.インスタレーションならまだしも,平面には不利な展示空間であるように思う.しかし,この個展では,全ての展示室に見事に作品がはめこまれている.それは,今回展示されているノートのスケッチに現れているように,小林自身が展示空間に対して,詳細な検討を行っている結果であることが分かる.特に2階の連作を展示する空間は,仮設壁によって分割されているのだが,その小部屋のスケール感や開口の大きさは見事であった.
もちろん作品自体も,最初期の潜水艦の作品を初め(これは初めて見た),点数が少ないながらも,これまでの小林の軌跡をたどることができる回顧展になっている.しかも,カタログには展示されていないものも含めて,全ての小林の作品の図版が(モノクロだが)掲載されており,これもまた必見である.
作品を描くことと同時に,それらがどのような空間に,どのように展示されるかについて構想することは,平面作家であろうと,優れた美術家に必要とされる能力の1つである.

美術 | Posted by satohshinya at June 11, 2004 7:41 | TrackBack (0)