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コミュニケーション志向的時代におけるダンス

Noism04の『SHIKAKU』( りゅーとぴあ)を見た.Noism04は,ネザーランド・ダンス・シアター?に所属していた金森穣が,りゅーとぴあ舞踊部門の芸術監督に就任し,今年4月から活動を開始したカンパニー.専属ダンサーたちとともに,金森自身も新潟に在住している.『SHIKAKU』は,その活動第1作で,もちろん新作である.実際に僕が見たのは,本番と同じ劇場で行われたシミュレーション公演で,本公演は6月8,9日,その後,パークタワーホールで東京公演(6月16〜20日)が行われる.なぜ初日まで2週間以上もあるのに,通常は行われないシミュレーション公演が行われたのか?
あまり詳しいことを書くと,実際にダンスを見る人の楽しみを奪うので書かないが,おもしろい仕掛けが劇場で待っていることは事実である.新潟へ向かう新幹線の車中,「ファウスト」での東浩紀の連載を読んでいた.今回は舞城王太郎の『九十九十九』論だった.そこで東は,《メディアの役割が,特定のメッセージを伝えること(物語志向型)からコミュニケーションの場への参与を保証すること(コミュニケーション志向型)へ変わ》り,『九十九十九』が《コミュニケーション志向的な時代において物語をひとつに限定することはいかに可能か,というテーマに直接に接続されている》と書く.『SHIKAKU』もまた,コミュニケーション志向的な時代における,新しいダンスの試みであると思う.

これから更に作品の完成度は上がることだろう.本公演を見る機会があれば,その時にでも詳しいことを書きたいと思う.東京公演は追加公演も発売されている.興味のある人は,ぜひ見てほしい.

舞台 | Posted by satohshinya at May 24, 2004 12:35 | TrackBack (0)

スリム

2000年に『うつくしま未来博・エコファミリーハウス(EFH)』の構造設計チームとして,基本設計に参加した.意匠設計は山寺美和子,吉岡寛之,飯山千里,黒川泰孝,立川博之の5人.完成した時に,ある小冊子に書いた文章を,少し長めだが再録する.
《構造におけるチャレンジの1つとして,「スリム」にすることが考えられる.例えば,柱をスリムに(細く)すること.極端に柱の細い建築では,今までに体験したことのない新しい空間に出会うことがある.常識的に考えられてきた柱の太さを,新たな構造的な理論や技術によってスリムにすることは,明解に進歩を表現する1つの方法となる.しかし,このEFHの設計においては,細くすることではない「スリム」によって,新たな建築を生み出すことを目指した.様々に異なる要素を1つに集約することで,建築をスリムにする.その考えを中心に,2段階のコンペ(設計競技)から実際に建設するための設計(実施設計)までの過程において,構造の考え方がどのように変化してゆき,それが建築空間にどのような影響を与えていたのかを書いてみたいと思う.
コンペの最初の条件では,間伐材を構造体として用いることが要求されていた.間伐材とは,樹木の成長のために森林から間引かれた木材のことであり,安価であるが,それほど強度は大きくない.第1段階では,エコハウスとしてのライフスタイルの提案と,それに適合するスパイラル状の形態が特長だった.この時点では,外周を覆う間伐材のラチスパネルは,植物を這わせるためのものであると同時に,日除けとしての環境上の機能を持つだけで,構造上の機能を持っていなかった.そのため,全ての外壁がガラス張りの空間を,グリッド状に立てた柱が支えるという一般的な構造形式を採用していた.
第2段階へ進むことが決まり,全体デザインとともに構造に対する再検討を行った.そこで問題となったのは,ラチスパネルに覆われた部分の考え方だった.室内に構造体としての間伐材の柱が立ち並び,その外側を同じ間伐材のラチスパネルが覆う関係は,明らかに無駄なものに思えた.そこで,環境に対する重要な提案として考え出されたラチスパネルに,更に構造に対する重要な役割を与え,様々な機能を集約することで,必要最低限の要素だけで成立するスリムな建築を提案した.つまり,柱のない空間を考えたのだった.
最終審査の結果,この案は最優秀賞に選ばれたが,建設には多くの課題が残った.そこで,この画期的な構造を実現するために,岡田章さんを中心とする構造設計チームがつくられた.ラチスパネルは,デザイン面,構造面ともに中心的な役割を担うため,その両面から詳細な検討を行う必要があり,設計・構造両チームによるミーティングが何度も行われた.その結果,薄い鉄製フレームに間伐材のラチスを固定し,搬送可能な大きさに分割したパネルを,工場で製作してから建設現場へ運び込む方法を考えた.パネルの分割は,間伐材の使用可能な限界の長さから決めたもので,外壁面の一体化を損なうことになるが,それ以上に多くの建設上の利点が考えられた.鉄製フレームは,ラチスパネルの力を床と屋根に伝えるためのもので,接合部だけに用いる補助的な役割であることから, 限界まで細く,薄く,小さくすることで,外観上は目立たぬものとしている.そのため,ミリ単位の寸法を考慮する必要があり,多くのディテール(詳細)図が描かれた.同時に,そのディテールが構造的に成立するかどうか,立体的な構造モデルの解析によるチェックが行われ,その結果が更にデザインへと反映され,無駄のないスリムなディテールが考えられていった.このように,ほんの小さなことまでを考え抜くことによって,建築は新しい空間を生み出してゆく. 
こうして実施設計が完了したが,残念なことに,予算の問題などによりラチスパネル構造は中止となった.長期にわたって検討してきた結果が実現できないことは,建築の設計ではよくあること.結局,別の構造設計者によって,鉄骨の柱をサッシュと同一平面に並べた構造により,このEFHは実現した.もちろん,柱を細くすることによる「スリム」の可能性もあったが,そのチャレンジをするには時間が足りなかった.結局,やや太めの柱は,スリムなガラス張りの空間を実現することはなく,ラチスパネルも環境上の機能を持つだけのものとなってしまった.》

現在,このEFHは,ムシテックワールドという科学体験センターの一角にあるようだが…….

建築 | Posted by satohshinya at May 7, 2004 18:52 | TrackBack (0)

20年前の20年前

SCAIで中西夏之展「Halation・背後の月 目前のひびき」を見た.最終日前日ということもあり,本人も会場に来ていた.中西の絵画は本当に美しい.特に,最近インスタレーション系が続いたSCAIでは,久しぶりに堂々とした平面のみの展示で,作品はもちろんのこと,やはりよいギャラリーだなと痛感する.中西の作品としても,六本木クロッシングも,去年の退官記念展も,最近のシリーズである繊細なインスタレーションが続いたので,それと比べるとシンプルなよさがあった.しかし,今回も新作だったそうなのだが,ここ10年くらいの絵画作品は一見しても大きな違いはないため,新作だか何だかよくわからない.
このブログでは昔話が多くて申しわけないのだが,1つのことを説明するためには,どうしてもコンテクストから説明する必要が生じてしまう.勘弁してほしい.中西との出会いは20年前に遡る.高校生だった僕は,赤瀬川原平が書いた『東京ミキサー計画』という本を友人に薦められて読んだ.ハイレッド・センターという,今でいうアーティスト・ユニットの活動を記録した本である.メンバーは,高松次郎(高→ハイ),赤瀬川原平(赤→レッド),中西夏之(中→センター)の3人.20年前にこんなことをやっていた人たちがいたのかと愕然とし,現代美術に興味を持つきっかけとなった.だから中西夏之は,僕にとっての現代美術の父親みたいな存在である.(ちなみに,母親は著者でもある赤瀬川原平?)
それから20年が経過したわけだから,現在から考えると,ハイレッド・センターの活動は40年前!のものとなる.高松は何年か前に亡くなったが,赤瀬川は芥川賞を取り,「トマソン」や「老人力」などで有名になった.おかげで,『東京ミキサー計画』は現在でも文庫で読むことができる.古きよき時代の記録として,暇な人は読んでみてほしい.

現在は,中西夏之の個展「カルテット 着陸と着水X」が,川村記念美術館でやっています.こちらはインスタレーション系.10年くらい続いている『着陸と着水』シリーズ第10弾.また,MOTの企画展「再考:近代日本の絵画 美意識の形成と展開」では,ハイレッド・センター時代のコンパクトオブジェと洗濯バサミが出展されているようです.この企画展は,芸大美術館とセットで近代日本絵画が勉強できるので必見です.

美術 | Posted by satohshinya at May 7, 2004 8:55 | TrackBack (0)

スリムにすることにより美しくなるという発想

マルチリモコンというものをもらった.テレビにビデオにDVDが1つのリモコンで扱えるようになり,「シンプルにすることでインテリアの質と操作性を向上させる」というものだ.リアル・フリートAMADANAというブランドのものなのだが,デザインはそれっぽいし,値段も安いものではない.ホームページを見てわかったが,これは「美しいカデン」をコンセプトとしたブランドで,インテンショナリーズの鄭秀和がプロダクトディレクション,タイクーングラフィックスがアートディレクションとグラフィックデザインをやっている.なるほど,と思う.
しかし…….我が家の状況は,テレビはSONY,ビデオはPSXのHDレコーダー機能を仕様,DVDもPSXを兼用.Victorのビデオもあるが,DVDへとダビングするときしか使わない.おまけにテレビは,電波障害の問題があるためにCATVに入っており,TOSHIBAのホームターミナルを介さないと見られない.つまり,現在のリモコン状況は,ホームターミナル用1台とPSX用1台.PSXリモコンにもテレビやビデオを使えるマルチリモコン機能があるが,このホームターミナルはそれに対応していない.更にPSXリモコンにはホームボタンというのがあって,これを用いることでテレビやHDやDVDや様々な役割を切り替えることができる重要な機能のため,このボタンが使用できないと非常に困る.もらったマルチリモコンは,ホームターミナルにも対応しないし,もちろんホームボタンもない.というわけで…….

リモコンをいただいた方々には本当に申しわけありませんが,このような事情で使用できておりません.せめての事と思い,「美しいカデン」を紹介することとします.

TV | Posted by satohshinya at May 2, 2004 8:17 | TrackBack (0)

追憶の『ビューティフル・ドリーマー』

押井守脚本・監督の『イノセンス』を見た.僕は押井守の大ファンということになっているのだが(余談だが,誕生日が同じである),実は前編である『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』を見ていない.しかも,押井の作品を映画館で見るのは,『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』以来,20年ぶりになる.『天使のたまご』や『パトレイバー』はビデオやテレビで見ていたが,それほど押井作品を熱心に見続けていたとは言い難い.
押井が『うる星やつら オンリー・ユー』をつくったとき,不運なことに同時上映が相米慎二監督の『ションベン・ライダー』だった.有名な話だが,それを見た押井は,こんな勝手な映画でいいのかと頭に来て,次に『ビューティフル・ドリーマー』をつくった.そんな因縁は後から知った話だが,当時15歳だった僕は,この2作品から大きな影響を受け,相米,押井の2人は僕にとって重要な映画監督となった.
『イノセンス』については,そんな僕からすると,それほど楽しめる映画ではなかった.書店で立ち読みしただけだが,東浩紀「ユリイカ」4月号で,「追憶の『ビューティフル・ドリーマー』」という文章を書いている.彼は僕より3歳年下なのだが,かなり似たような感想を持っているようなので,『イノセンス』評についてはそちらを読んでほしい.「朝日新聞」で亀和田武が,この評を酷評していたが,『ビューティフル・ドリーマー』を思春期に見た者にとっては,『イノセンス』を押井作品として素直に評価することはできない.やはり東浩紀と同じことを書くことになるが,とにかく『ビューティフル・ドリーマー』を見てほしい,としか言えない.

ちなみに,建築に興味がありそうな人が多いので,イノセンスのホームページ内に,「人形と建築の旅」という押井守のエッセイがあります.結構な量があるので,暇なときにでも.

映画 | Posted by satohshinya at May 1, 2004 21:07 | TrackBack (2)