付加価値のデザイン

深澤直人の「デザインの輪郭」を読んでみた。人より本を読むスピードが遅い僕でも苦労なく読み終えた。端的にいってこの本はおもしろい!理由は深澤直人の日記を読んでいる感じなのです。読み終わってよくここまでプライベートな感じの本を出したな〜と思ったら後書きには当分本は出したくないと書いてあった。まあそれだけ赤裸々にこの本で語ってしまったのだろう。極めて私的な言葉でつづられる詩のようなテキストとそれに伴う説明的なテキストや対談の2段構成。僕個人としてはとても共感できる言葉が多く読み返したりして結構盛り上がった。
本の装丁も凝っていて、黒い布貼りカバーの上に黒い印刷がされ微妙に文字が読みとれ、かなりシンプル。そのため鞄に無理に隠さないで本だけ持って堂々と出歩けられるおしゃれな本(笑)。これは知人から教えてもらったのだが黒いカバーの上にさらにトレペのカバーがかかっているのだが、そのトレペもあたかもトレペが重なって白くみえるような白い印刷がされている。読み返すのに便利な色違いの紐のしおりが2本入っている。
具体的な本の内容では「付加価値としてのデザイン」について書かれている箇所が特に興味深かった。日本ではデザインは何か足されるものとして大半の人は解釈していて、あってないようなノーマルが仮定されていてそのオプションとしてデザインが存在していることになっている。そのような状況に対して「何もしない」ということもデザインだとわかってくれる人が少なくて深澤自身困ることがあるそうだ。深澤は「付加価値」に対して「何もしない」という価値で対抗しているのだが、そもそも何もしないで済むノーマルな仮定とは何なのか?でもそれはおそらく人によって当然バラバラなノーマルなのだ。だから深澤は「ノーマル」なイメージや価値については言及せず、誰しもがどこか共有できる「何もしない」というイメージを価値として共有してもらおうとしているかもしれないと感じた。僕は料理に例えるとフランス料理のような建築ではなく寿司のような建築が好きだ。それはフランス料理では人の意図や手垢がわかりやすく華やかだが、寿司は難しい魚のおろし方,しゃりの握り方が際だって表にはでずにあくまで素材の組合せだけでそれ以上は「何もしない」からなのかも。

design | Posted by at 1 17, 2006 22:24 | Comments (4) | TrackBack (1)

TAKEO PAPER SHOW 2005

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先日、TAKEO PAPER SHOW 2005をみにヒルサイドテラスまで行って来た。毎年催されているみたいなのですがいつも知らない間に終わっていたため今回がお初です。平たく述べると紙を利用していろいろなクリエーターの方々がおのおの提案をしており、どのブースもきれいでかわいいものが多くたくさんの人でかこまれていました。まぁきれいとかかわいいとかモノの表現の中で大切なことですが、正直僕自身モノをつくる上で直接的にかわいいとかきれいを目指して考えているわけではなく、そのモノがつくられることによって社会的にどんな事件が起こるかということに興味があるためいささかさめた感じでしたね。その中でもアトリエ・ワンの展示は建築家ならでは社会性あるデザイン力で紙をつかった災害用のシェルターを提案しており紙のこんな使い方もあるかもなと思えておもしろかった。となりの黄色い紙の蝶は大にぎわいだったけど、若干地味目なのであまり人はいなかったな〜、そのあたり観客の温度差がわかってよかった。

design | Posted by at 4 18, 2005 8:36 | TrackBack (0)

「疾走するファイバー展」@日本科学未来館

土曜日にGDPと合わせて日本科学未来館にいってきた。
目的は青木淳が会場構成をしている「疾走するファイバー展」をみるためだ。

展示の内容はつらつらと繊維のことを述べているのだがまったく見る気がしない。見ていたものは青木淳が設けた仮設の間仕切り壁ばかり。なぜ、みてしまうのかというとその壁がとてもきれいなのだ。ものすごい数の光ファイバーを上下でつることにより、本来線材であるファイバーが面材となり光壁となっている。照明のあて方ひとつで様々な表情がつくられ、見る角度によってもまた違う。極端な話、美術作品のレベルまで表現があり鑑賞に十分あたいするものである。会場構成という作業の中で設計者が何か提案できる部分というのはさほど多いものではない、大雑把にいえば仮設壁の位置とつくりかたなのだが、今回の展示はそのわずかな土壌でものすごく豊潤な表現を獲得できているところがすばらしいと感じた。でも、展示はだめだったな。

design | Posted by at 9 2, 2004 22:53 | TrackBack (0)

「GDP2004」@東京ビックサイト

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土曜日、GDP2004に行ってきた。
このイベントはグッドデザイン賞審査後を一般公開するということがきっかけとなり今年で4年目になるそうだ。僕自身このイベント自体は最近まで知らなかったので当然行くのも今回が初めて。実は正直なところグッドデザイン自体も詳しいことはわかっていなかった。いろいろなプロダクトにGマークのシールがくっついていてなにやらたくさんのものが受賞しているな〜という印象(GDPをみたあと少しその賞の多さの意味がわかった気がする)。

1つしかない金賞の存在は伊東豊雄の仙台メディアテークを通して知ったのだが、仙台メディアテークは建築学会賞も受賞しておりその年ダブル受賞している。メディアテークはチューブによる斬新な構造のためコンペから現場に入るまで5〜6年?の長い時間がかかり、本当に建つのかとまでささやかれた建築である。建築的な質は誰もが認めるすばらしいもので建築学会賞はとってしかるべきものだった。このダブル受賞によって僕を含めて建築関係者からのグッドデザインに対しての意識が変化したと言っても過言ではないと思う。グッドデザイン金賞=建築学会賞というはくがついているのである。そのためか仙台メディアテーク以降、建築系の応募は増える一方とのこと。

グッドデザインはいくつかの部門ごとにわかれており、その部門の中で審査員がよいモノをピックアップしてその各部門の代表がジャンル問わず一つのテーブルの上で審査をされ金賞をきめるみたい。ようは異種格闘技戦、山本理顕のアルミの家 VS フェアレディZ VS ナプキンという構図が成立可能なのである。その異種が絡み合うと場いう意味では展示されるプロダクトに対してスケールアウトしている大雑把なビックサイトの大空間はあっていると感じた。これがどこかのこぎれいな美術館,ギャラリーとかでは逆にしらけてしまうだろう。プロダクトも作品なのだが「使う」という視点では美術作品とは大きく違う。そのため美術の展示ようなある種のストイックな過剰さよりもモノ本来の性能のみが伝わるざっくりした展示のほうが見る側としては「使う」という視野が広がり楽しい。一部広告ベースのブースもあったが(事業を成立させる上では必要なのだろう)ひたすら白い台が並びその上にただプロダクトが置かれている風景は審査後のライブな感じが伝わってくるし、日本のデザイン関係の賞でかなりの知名度があるこのイベントが格式張らずカジュアルな雰囲気の場がつくられていることは、デザインをより多くの人にもっと身近にふれてもらおうという意味でよいものだと思う。

グッドデザイン賞は建築学会賞のようにある大賞をきめる登竜門的なものではなく、日常生活の中にあるモノのちょっとしたデザインに気づかせてくれて生活を豊かにするきっかえを与えてくれる牽引車的な存在なのだと思った(だから賞はいっぱいあっていいのかも)。学園祭、コミケ、建材フェア、カビくさい美術展、一歩ずれるとここらへんに似かよってしまうだろう、唯一GDPしか出来ない審査後の一般公開というスタンスを今後どのように発展、展開させていくかがポイントなのだと感じた。来年も楽しみだな。

design | Posted by at 8 30, 2004 15:15 | TrackBack (0)